後漢末期
人の歴史は、権力闘争に満ち溢れている。
それは、古代より進化することの無い、不変の事実。
幸福の追求のため、他者を陥れる。
これが人の業。
後漢末期も現代の政治闘争と同じく、幸せを巡って、人が争いを起こしていた。



宦官と呼ばれる役職の者がかつて居た。
その者たちの仕事は、皇帝の身辺の世話を行うものたちであった。
皇帝の城には、後宮と呼ばれるハーレムがあり、そこで沢山の皇帝の妻や妾が生活をしていた。
その後宮は、間違いがあってはならないことから、男子禁制であり、その例外が皇帝のみであった。
しかし、そんな後宮において男手が全く無いことは大変難しい状況であったため、ある処置をされた男が配置されたのだ。

それが宦官と呼ばれる者たちで、罰を受けて去勢された者、あるいは自ら進んで去勢を受け、生殖能力をなくしたものたちのことを言うのだ。




この宦官たちは皇帝に極めて近いところに居るため、皇帝の力が小さい場合、宦官たちの意のままに、
そう傀儡のように出来た。
それはたとえ宰相といえど、逆らえない程であった。
こうして皇帝を手に入れた宦官は、自らの私服を肥やすため、様々な悪行を繰り返した。

世の中というのは、上が腐れば、下は連鎖して腐っていく。
これもまた、歴史の事実だ。
公職を金で販売したり。
税金を不当に上げて民衆を搾取したり。
飢饉が起こり民が困窮している状況で、皇帝は遊興にふけり。
ひどいものでは中央の政府に賄賂を渡すための金と、自分の私服を肥やすための金の両方を税金に上乗せして徴収することが当たり前とさえされていた。

人々の不満は当然である。
その不満は、山賊を増やすなどの原因となり、さらに叛乱の原因ともなっていった。



このような腐った世の中を憂い、三国志の英雄たちが立ち上がる。
あるものは、後漢王朝を立て直すため。
あるものは、自ら権力の中枢に立ち、乱世を終結させるため。



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