WoWで、なにやらクエストを日本語自動翻訳してくれるアドオンがあるという話を噂で聞いた私は、さっそく導入してみた。
す、すばらしい…
こんなソフトを私は待っていた!
私が英文を読むときに一番だるかったのが、知らない単語が出てきたとき、
いちいちブラウザを開いて翻訳サイトへと単語を打ち込む事だった。
知らない単語が多ければ多いほど、それは面倒くさい作業であり、英文読解自体をすっとばしてしまいたくなるほどだった。
しかし、このアドオンがあれば、ある程度の自動翻訳により、意味がわかるのだ!
これは非常に画期的!
何より英語の勉強になる!

アドオンがおいてあるサイト様、神!
す、すばらしい…
こんなソフトを私は待っていた!
私が英文を読むときに一番だるかったのが、知らない単語が出てきたとき、
いちいちブラウザを開いて翻訳サイトへと単語を打ち込む事だった。
知らない単語が多ければ多いほど、それは面倒くさい作業であり、英文読解自体をすっとばしてしまいたくなるほどだった。
しかし、このアドオンがあれば、ある程度の自動翻訳により、意味がわかるのだ!
これは非常に画期的!
何より英語の勉強になる!

アドオンがおいてあるサイト様、神!
私は小説は好きだ。
好きだといっても、一日に一冊読むようなジャンキーというわけでもなく、平均的に見れば二ヶ月程度に一冊くらいのペースで読む。
平均的にという但し書きをつけたのは、それは私が何らかの交通機関を使用して遠方の土地へと移動する際に、その時間を持て余すことから読んでいるという程度だ。
だから、別に毎日毎日、今日はこの新刊が出た。あるいは来月こんな本が出るなどというチェック活動はさっぱりしていない。
そう、ゲーム探しをしているような情熱を、私は本に対しては傾けていない。
本を読むという行為、ここではこれを読書の習慣と名付けよう、については前段で述べたとおりゲーム程の情報収集を行っていないといったが、ここで私はある疑念を抱いた。
読書の習慣と、ゲームをする習慣を同列に扱ってよいものだろうか?
では、両者の違いは一体何なのだろうか?
まず、読書の習慣についてだが、読書というより、本自体はいったい人間の趣味の中ではどのような位置づけとすべきだろうか?
本にも種類は色々ある。
過去の知識の蓄積である本があったり、あるいは時事問題に対する問題提起書であったり、ゴシップネタに特化したものがあったり、おっしゃれに関するものがあったり、
それは全てをあげつらうことが困難なほど、本で溢れている。
人間は実に短命な生き物だが、その人間の経験と知識は、後々の世に語り継がれるべく本となって生き続ける。生物という種の観点からすると、私たちは常に進化する生き物だといえるだろう。
それが私たちと猿との根本的な違いだ。
とまあ、本は人間の趣味という一くくりでは簡単に表せないほど、奥が深い。
ましてや、すべての地球上の人間にとって、この本というものはあらゆる分野で関わってくるため、それのすべてを把握することなど全知全能の神にしか無理だろう。
ということは、本を読むということは、私たちにとっては空気を吸うようなものであり、必要不可欠である事だといえるだろう。
それに対して、ゲームは本ほどの重要性はないに違いない。
別に無くても生きていけるし、ある意味タバコと同じようなものかもしれない。
ゲームには二種類ある。
人と一緒に遊ぶゲームと、一人で遊ぶゲームだ。
こんなブログを作っていることからも自明だが、私は前者のゲームが大好きだ。
私がゲームをしつづける理由、それは自分が楽しめると共に、周囲との一体感を得るための二つがある。
それが世界の冒険だったり、あるいは旅の仲間とのコミュニケーションだったのかもしれない。
しかし、それらを得るためには、常に最新の情報を得なければならない。
この特殊なゲームであろうMMOは、本を読むなどの嗜好とは異なり、常に最新の情報が無ければよい作品には出会えないからだ。
さらに本とは違い、たった数年立つだけで、有名なゲームはもはや過疎化の運命を辿る。
MMOでのUOや、EQは今どうなっている?
それに対して、本なら2000年前の代物でも十分大丈夫ではないか?
現に私は2000年前に司馬遷により編纂された史記だって好きだし、古いからといってその本の価値が落ちることは無い。
本のほうがすごいんじゃないか?
む、今良く考えたら、一人で遊ぶゲームは数年立っても大丈夫そうだなと思ってきた。
ということは、MMOというものだけ特殊なのか?
結論としては、読書の習慣とMMOゲームを同列に扱うことは、おかしいということだ。
それは、一人で遊ぶものと、人と遊ぶものとの違いなのだろう。
どんなに素敵な出会いがあって、素敵な冒険が出来たとしても、それは2000年経つまでも無く、たった数ヶ月で人の記憶から忘れられ、そして記録にも残ることも無い。
ただ、人間の深層心理にうずもれ、100年以内には私たちの軌跡など綺麗さっぱりなくなってしまう。
だけど、それでも私たちは探し続けるのだ。
その最高の瞬間を味わえることを夢に見つつ、絶え間なく漂い続ける。
好きだといっても、一日に一冊読むようなジャンキーというわけでもなく、平均的に見れば二ヶ月程度に一冊くらいのペースで読む。
平均的にという但し書きをつけたのは、それは私が何らかの交通機関を使用して遠方の土地へと移動する際に、その時間を持て余すことから読んでいるという程度だ。
だから、別に毎日毎日、今日はこの新刊が出た。あるいは来月こんな本が出るなどというチェック活動はさっぱりしていない。
そう、ゲーム探しをしているような情熱を、私は本に対しては傾けていない。
本を読むという行為、ここではこれを読書の習慣と名付けよう、については前段で述べたとおりゲーム程の情報収集を行っていないといったが、ここで私はある疑念を抱いた。
読書の習慣と、ゲームをする習慣を同列に扱ってよいものだろうか?
では、両者の違いは一体何なのだろうか?
まず、読書の習慣についてだが、読書というより、本自体はいったい人間の趣味の中ではどのような位置づけとすべきだろうか?
本にも種類は色々ある。
過去の知識の蓄積である本があったり、あるいは時事問題に対する問題提起書であったり、ゴシップネタに特化したものがあったり、おっしゃれに関するものがあったり、
それは全てをあげつらうことが困難なほど、本で溢れている。
人間は実に短命な生き物だが、その人間の経験と知識は、後々の世に語り継がれるべく本となって生き続ける。生物という種の観点からすると、私たちは常に進化する生き物だといえるだろう。
それが私たちと猿との根本的な違いだ。
とまあ、本は人間の趣味という一くくりでは簡単に表せないほど、奥が深い。
ましてや、すべての地球上の人間にとって、この本というものはあらゆる分野で関わってくるため、それのすべてを把握することなど全知全能の神にしか無理だろう。
ということは、本を読むということは、私たちにとっては空気を吸うようなものであり、必要不可欠である事だといえるだろう。
それに対して、ゲームは本ほどの重要性はないに違いない。
別に無くても生きていけるし、ある意味タバコと同じようなものかもしれない。
ゲームには二種類ある。
人と一緒に遊ぶゲームと、一人で遊ぶゲームだ。
こんなブログを作っていることからも自明だが、私は前者のゲームが大好きだ。
私がゲームをしつづける理由、それは自分が楽しめると共に、周囲との一体感を得るための二つがある。
それが世界の冒険だったり、あるいは旅の仲間とのコミュニケーションだったのかもしれない。
しかし、それらを得るためには、常に最新の情報を得なければならない。
この特殊なゲームであろうMMOは、本を読むなどの嗜好とは異なり、常に最新の情報が無ければよい作品には出会えないからだ。
さらに本とは違い、たった数年立つだけで、有名なゲームはもはや過疎化の運命を辿る。
MMOでのUOや、EQは今どうなっている?
それに対して、本なら2000年前の代物でも十分大丈夫ではないか?
現に私は2000年前に司馬遷により編纂された史記だって好きだし、古いからといってその本の価値が落ちることは無い。
本のほうがすごいんじゃないか?
む、今良く考えたら、一人で遊ぶゲームは数年立っても大丈夫そうだなと思ってきた。
ということは、MMOというものだけ特殊なのか?
結論としては、読書の習慣とMMOゲームを同列に扱うことは、おかしいということだ。
それは、一人で遊ぶものと、人と遊ぶものとの違いなのだろう。
どんなに素敵な出会いがあって、素敵な冒険が出来たとしても、それは2000年経つまでも無く、たった数ヶ月で人の記憶から忘れられ、そして記録にも残ることも無い。
ただ、人間の深層心理にうずもれ、100年以内には私たちの軌跡など綺麗さっぱりなくなってしまう。
だけど、それでも私たちは探し続けるのだ。
その最高の瞬間を味わえることを夢に見つつ、絶え間なく漂い続ける。
なにもする気が出ない日というのも、よくあるものだ。
ゲームをやろうとしても、なぜか気合が入らない。
いや、ゲームするのに何故気合を入れないといけないのだろうか?
そもそもただの息抜きのはずなのに……
いざ、気合を入れて適当に文章でも書いてみるかと、机の上にどんと座り、ディスプレイとにらめっこをしたものの、なかなか筆が前に進まず、ただマウスをカチカチとならしながらインターネットサーフィンをしている。
ちょっとまて。
インターネットサーフィンって何だよ一体。
確か数年前までは良く聞いた単語だったが、最近は露にも聞かない。
まさか、これは死語だろうか。
この言葉を使うことは、私の年代を特定されるような代物であるのだろうか。
現代語では、インターネットサーフィンに変わる言葉は一体何だろうと疑問が沸くが、
多分ブラウズか、ブラウジングという言葉が該当するのだろう。
まったくもって、人の世の移り変わりの早さには驚かされる一方だ。
おや、この記事の主題がさっぱり入れ替わってしまったようだが、まあ良いだろう……
ゲームをやろうとしても、なぜか気合が入らない。
いや、ゲームするのに何故気合を入れないといけないのだろうか?
そもそもただの息抜きのはずなのに……
いざ、気合を入れて適当に文章でも書いてみるかと、机の上にどんと座り、ディスプレイとにらめっこをしたものの、なかなか筆が前に進まず、ただマウスをカチカチとならしながらインターネットサーフィンをしている。
ちょっとまて。
インターネットサーフィンって何だよ一体。
確か数年前までは良く聞いた単語だったが、最近は露にも聞かない。
まさか、これは死語だろうか。
この言葉を使うことは、私の年代を特定されるような代物であるのだろうか。
現代語では、インターネットサーフィンに変わる言葉は一体何だろうと疑問が沸くが、
多分ブラウズか、ブラウジングという言葉が該当するのだろう。
まったくもって、人の世の移り変わりの早さには驚かされる一方だ。
おや、この記事の主題がさっぱり入れ替わってしまったようだが、まあ良いだろう……
どこもかしこも、最近は禁煙が大流行である。
やれ新幹線では全席禁煙だの、
やれ駅構内全て禁煙だの、
建物内全てが禁煙だの、
喫煙者はまるで人以下の取り扱いをするような感じだ。
追い討ちをかけるかのようなタバコ増税。
今は標準的なタバコの値段は300円だが、昔は200円位だったような気がする。
さらに今では自動販売機でタバコを購入するには、IDカードが必要だとか。
この様な規制の流れを見ていると、遠くない未来ではタバコを買うのに申請書を役所に書いて送って、二週間待ってようやく手に入る、などのような手続きが将来出てくるかもしれないなと、ふと思った。
私はタバコは大好きだった。
毎朝私は、寝起きにボーっとした頭でタバコをよく吸っていた。
朝日に揺らめくまどろみの中、灰色の紫煙の中に佇みながら、憂鬱な社会生活に嘆息する。
そうやって燻らすタバコは、何物にも変えがたい至高の一時であった。
ある時は食事の後、ある時はトイレの後、ある時は仕事が一段楽したとき、
それは私の生活にメリハリを与え、そして刺激を与えてくれた。
タバコをやめる?
禁煙?
タバコ増税?
はっ!そんなの糞くらえだ!
健康に悪いだと?
知ってるさ、でもタバコで直接死なないしな!
と思っていた。
しかし、最近は改心をしてタバコをやめた。
正確には今年の1月9日から辞めたというのが正しいだろう。
禁煙生活2ヶ月目であり、どうやら禁煙成功のような感じだ。
実際、ココまで来るのに様々なドラマがあったものだが、まあそれは秘密のお話である。
しかし、たまに外でタバコの香りが漂ってきたとき、とても魅力的に感じるので完全にタバコの影響下から脱していないと言えるだろう。
漂ってくるタバコの香りに、顔をしかめるほどの嫌悪感を抱ければ、それが私の完全禁煙達成なのだろう。
タバコをやめて良かったことは一体なんだろう?と私は思った。
うーん、タバコ代が浮いたことだろうか。
そう言えば一つ、タバコをやめて、
「顔色良くなったね」
と言われた。
一体、私の顔色はどんな色だったんだろう……
やれ新幹線では全席禁煙だの、
やれ駅構内全て禁煙だの、
建物内全てが禁煙だの、
喫煙者はまるで人以下の取り扱いをするような感じだ。
追い討ちをかけるかのようなタバコ増税。
今は標準的なタバコの値段は300円だが、昔は200円位だったような気がする。
さらに今では自動販売機でタバコを購入するには、IDカードが必要だとか。
この様な規制の流れを見ていると、遠くない未来ではタバコを買うのに申請書を役所に書いて送って、二週間待ってようやく手に入る、などのような手続きが将来出てくるかもしれないなと、ふと思った。
私はタバコは大好きだった。
毎朝私は、寝起きにボーっとした頭でタバコをよく吸っていた。
朝日に揺らめくまどろみの中、灰色の紫煙の中に佇みながら、憂鬱な社会生活に嘆息する。
そうやって燻らすタバコは、何物にも変えがたい至高の一時であった。
ある時は食事の後、ある時はトイレの後、ある時は仕事が一段楽したとき、
それは私の生活にメリハリを与え、そして刺激を与えてくれた。
タバコをやめる?
禁煙?
タバコ増税?
はっ!そんなの糞くらえだ!
健康に悪いだと?
知ってるさ、でもタバコで直接死なないしな!
と思っていた。
しかし、最近は改心をしてタバコをやめた。
正確には今年の1月9日から辞めたというのが正しいだろう。
禁煙生活2ヶ月目であり、どうやら禁煙成功のような感じだ。
実際、ココまで来るのに様々なドラマがあったものだが、まあそれは秘密のお話である。
しかし、たまに外でタバコの香りが漂ってきたとき、とても魅力的に感じるので完全にタバコの影響下から脱していないと言えるだろう。
漂ってくるタバコの香りに、顔をしかめるほどの嫌悪感を抱ければ、それが私の完全禁煙達成なのだろう。
タバコをやめて良かったことは一体なんだろう?と私は思った。
うーん、タバコ代が浮いたことだろうか。
そう言えば一つ、タバコをやめて、
「顔色良くなったね」
と言われた。
一体、私の顔色はどんな色だったんだろう……
WoWのWarriorのスキルに、チャージというものがある。
私はこのスキルが大好きだ。
見てて気持ちがよく、そしてやってみて爽快感ばっちりだからだ。
これのためだけに、最近WoWのアカウントを復活させたといっても良いほどだ。
画質がメチャクチャ荒くて見にくいけど、敵に突撃する感じのスキルだ。
私はこのスキルが大好きだ。
見てて気持ちがよく、そしてやってみて爽快感ばっちりだからだ。
これのためだけに、最近WoWのアカウントを復活させたといっても良いほどだ。
画質がメチャクチャ荒くて見にくいけど、敵に突撃する感じのスキルだ。
EQ2を始めたばかりの人間にとって、LFGチャンネルは意味不明の単語が沢山ある。
おそらく、高レベルの人達や、長年このゲームを遊んでいる人にとってはごく普通の単語であろうその言葉は、私にとってなにかを訴えかけてくる。
その単語としては、以下のものがある。
念のための説明ですが、単語の下に書いたコメントは個人的に思っていることだけなので、ゲーム内容とは関係ありません。
■ヘリテージ
ヘリコプターのステージのような響き。
何となく広い感じ。
■ソコカー
ソコカーとは何だろう?
ついつい、「そこか!」と言ってしまいたくなる。
開通という単語とセットでよくLFGチャンネルで聞こえることから、何かの交通手段のことだろう。
■チャードック
「ちゃー」の部分で、たむけんを思い起こさせられる。
おそらく、高レベルの人達や、長年このゲームを遊んでいる人にとってはごく普通の単語であろうその言葉は、私にとってなにかを訴えかけてくる。
その単語としては、以下のものがある。
念のための説明ですが、単語の下に書いたコメントは個人的に思っていることだけなので、ゲーム内容とは関係ありません。
■ヘリテージ
ヘリコプターのステージのような響き。
何となく広い感じ。
■ソコカー
ソコカーとは何だろう?
ついつい、「そこか!」と言ってしまいたくなる。
開通という単語とセットでよくLFGチャンネルで聞こえることから、何かの交通手段のことだろう。
■チャードック
「ちゃー」の部分で、たむけんを思い起こさせられる。
私は、ミーハーだ。
有名人に出会うためなら、労力を厭わない。
LotROというゲームにて、La Mirageの中の方が遊んでいるという話を聞いた私は、早速ゲーム内に潜入した。
そして、その中の方と出会うことに成功した!
このサイトは、とても人を面白おかしくさせてくれ、非常に素晴らしいサイトだ。
記事のネタも素晴らしく、動画の編集も大変すばらすい!
特に「しんざん」関係が大変素晴らしい感じだ。
http://home.att.ne.jp/surf/mirage/
最近、LotRO関係の記事をアップデートされているので要チェックである!
とりあえず、記念写真を撮った。
ああ、なんだか神々しいオーラが出ているような感じがする。
私が近づくには恐れ多い存在だ。

有名人に出会うためなら、労力を厭わない。
LotROというゲームにて、La Mirageの中の方が遊んでいるという話を聞いた私は、早速ゲーム内に潜入した。
そして、その中の方と出会うことに成功した!
このサイトは、とても人を面白おかしくさせてくれ、非常に素晴らしいサイトだ。
記事のネタも素晴らしく、動画の編集も大変すばらすい!
特に「しんざん」関係が大変素晴らしい感じだ。
http://home.att.ne.jp/surf/mirage/
最近、LotRO関係の記事をアップデートされているので要チェックである!
とりあえず、記念写真を撮った。
ああ、なんだか神々しいオーラが出ているような感じがする。
私が近づくには恐れ多い存在だ。

私はファンタジーは好きだ。
一般的な観点で見た場合、そう見えるだろう。
指輪物語を読破し、大いなる世界観に酔いしれたこともあった。
ロードス島伝記にのめりこみ、まるで自分がそのロードス島で活躍しているかのような錯覚さえ覚えたり、あるいはその正反対でフォーチュンクエストにて生活感溢れるその世界で、冒険への匂いを感じ取ったり。
最近ではライラの冒険(三部構成で全6冊!)を読み漁り、淡い青春のかほりに頬を染めたりなどだ。
しかし、これだけやってもおそらく本物のファンタジーな世界の入り口にしか立っていないのかもしれない。
聞きかじった話では、テーブルトークRPGなる高度な代物(D&Dなど?)があってよりディープな世界が広がっているらしいとの事だ。おそらくガチガチの剣と魔法の世界なのだろう。
関係ないが、私はファンタジーの世界に科学が混じるのはあまり好きではない。
百歩譲って銃が出てくるのを許しても、飛行船はありえない。
宇宙?
論外だ。
世界は丸くなく、とてつもなく大きな象に支えられた、とてつもなく大きなチェス盤の上に大地はあるからだ。
そうだから、私の遊ぶゲームもそんな感じのものに限定されるのかもしれない。
ただの、いち冒険者として世界を駆け巡る。それが私の望みだ。
ふとたどり着いた街の酒場で聞く怪しげな噂。
跋扈する魔物達。
街道を封鎖する盗賊達。
そして誰も訪れることの無い沼地でひっそりと潜み、生贄の少女を喰らうドラゴン。
私はそういったものにずっと憧れていた。
いや、今でも求めている。
そんな視点から今の現状を見たとき、果たしてどれだけのゲームがそれに該当するだろうか。
あるいは最も近いものであると言えるだろうか。
いや、無いかもしれない。
少なくとも、かなりの数のMMOや、ゲームを渡り歩いてきた私を十分に満足させるようなものは無かった。
どれもこれも、人工的な、あるいはプログラミング的な香りが漂っている。
いや、私の物事の考え方が単純におかしいのかもしれない。
MMOのRPGはこうあるべきだという、凝り固まった思想に。
もしかしたら、物の見方、考え方をちょっと変えるだけで世界はもっと広く、そして深くなるのではないだろうか?
例えば私がいつも不安に思っていることの一つに、MMOのゲームの内部で過疎化あるいはドーナッツ化現象により、周囲に誰も居ない状況で一人寂しく遊んでいたとしよう。
だがしかし、それは物事の考え方一つで大きく変われるのではないだろうか?
例えば、一人は寂しいではなく、孤高の戦士となっているイメージでいければと。
って、あほか!
そんなことで満足出来るなら、世の中平和だ!戦争なんてないわ!
RPGをするとは一体なんだろう。
それは物事において、それを演じるということ以上に、その物事を理解し、そして想像することなのだろうか。
世の中には100%なんてありえない。
まして私の求めるような理想は、望むべくも無い。
しかし、今ある材料の中で、よりよい選択をしていけば、私の求める何かに少しずつ近づいていけるのだろう。
結局、世の中そう上手くはいかないもんだという寂しい結論になる。
かつて、子供の頃の私を震えさせた魂の叫びのような文章が、ここにある。
http://www.falcom.co.jp/sor_o/scenario.html
これはかつて、数十年前の昔に神と崇められしパソコンゲームである。
私は最近思う、このゲームの本当の素晴らしいところは、仮想の世界を作り、そこで生活しているかのような錯覚を与えてくれたこの文章だったのではないかと。
私は思う、このような冒険が出来たらなと。
そして、それ以上にこのように人を冒険へと駆り立てる文章がいつか書ければと。
というか、ガーディアンで遊んでいる場合ではない!
一般的な観点で見た場合、そう見えるだろう。
指輪物語を読破し、大いなる世界観に酔いしれたこともあった。
ロードス島伝記にのめりこみ、まるで自分がそのロードス島で活躍しているかのような錯覚さえ覚えたり、あるいはその正反対でフォーチュンクエストにて生活感溢れるその世界で、冒険への匂いを感じ取ったり。
最近ではライラの冒険(三部構成で全6冊!)を読み漁り、淡い青春のかほりに頬を染めたりなどだ。
しかし、これだけやってもおそらく本物のファンタジーな世界の入り口にしか立っていないのかもしれない。
聞きかじった話では、テーブルトークRPGなる高度な代物(D&Dなど?)があってよりディープな世界が広がっているらしいとの事だ。おそらくガチガチの剣と魔法の世界なのだろう。
関係ないが、私はファンタジーの世界に科学が混じるのはあまり好きではない。
百歩譲って銃が出てくるのを許しても、飛行船はありえない。
宇宙?
論外だ。
世界は丸くなく、とてつもなく大きな象に支えられた、とてつもなく大きなチェス盤の上に大地はあるからだ。
そうだから、私の遊ぶゲームもそんな感じのものに限定されるのかもしれない。
ただの、いち冒険者として世界を駆け巡る。それが私の望みだ。
ふとたどり着いた街の酒場で聞く怪しげな噂。
跋扈する魔物達。
街道を封鎖する盗賊達。
そして誰も訪れることの無い沼地でひっそりと潜み、生贄の少女を喰らうドラゴン。
私はそういったものにずっと憧れていた。
いや、今でも求めている。
そんな視点から今の現状を見たとき、果たしてどれだけのゲームがそれに該当するだろうか。
あるいは最も近いものであると言えるだろうか。
いや、無いかもしれない。
少なくとも、かなりの数のMMOや、ゲームを渡り歩いてきた私を十分に満足させるようなものは無かった。
どれもこれも、人工的な、あるいはプログラミング的な香りが漂っている。
いや、私の物事の考え方が単純におかしいのかもしれない。
MMOのRPGはこうあるべきだという、凝り固まった思想に。
もしかしたら、物の見方、考え方をちょっと変えるだけで世界はもっと広く、そして深くなるのではないだろうか?
例えば私がいつも不安に思っていることの一つに、MMOのゲームの内部で過疎化あるいはドーナッツ化現象により、周囲に誰も居ない状況で一人寂しく遊んでいたとしよう。
だがしかし、それは物事の考え方一つで大きく変われるのではないだろうか?
例えば、一人は寂しいではなく、孤高の戦士となっているイメージでいければと。
って、あほか!
そんなことで満足出来るなら、世の中平和だ!戦争なんてないわ!
RPGをするとは一体なんだろう。
それは物事において、それを演じるということ以上に、その物事を理解し、そして想像することなのだろうか。
世の中には100%なんてありえない。
まして私の求めるような理想は、望むべくも無い。
しかし、今ある材料の中で、よりよい選択をしていけば、私の求める何かに少しずつ近づいていけるのだろう。
結局、世の中そう上手くはいかないもんだという寂しい結論になる。
かつて、子供の頃の私を震えさせた魂の叫びのような文章が、ここにある。
http://www.falcom.co.jp/sor_o/scenario.html
これはかつて、数十年前の昔に神と崇められしパソコンゲームである。
私は最近思う、このゲームの本当の素晴らしいところは、仮想の世界を作り、そこで生活しているかのような錯覚を与えてくれたこの文章だったのではないかと。
私は思う、このような冒険が出来たらなと。
そして、それ以上にこのように人を冒険へと駆り立てる文章がいつか書ければと。
というか、ガーディアンで遊んでいる場合ではない!
そこに降り立った時は、太陽が天上にきらめいていた。
青々とした海原は、より一層輝いていた。
小山のような大きな岩には、勢い良く波がぶつかり、盛んにしぶきを上げていた。
生まれたばかりの赤ん坊が、火のついた勢いで泣き出しているかのように、その飛沫が降りかかる。
冒険は、この荒々しい海岸より始まる。
これからの旅の生活について考えながら、近くの小汚いベンチに腰を下ろした。
とりあえず、世界を巡るためにはもっと強くならないといけない。
そしてお金ももっと沢山必要だ。
なんだか、やらないといけないことが多いな。
面倒だ。
いっそのこと、全て捨ててしまおうか。
ぼんやりと、ただ椅子の上に座っていたが、やがて座るのにも疲れたのか、椅子の上に寝転びだした。
さんさんと降り注ぐ日の光。
穏やかだけど、どこか厳しい響きのする波の寄せる音。
まどろみの中で、全てはたゆたっている……
思わずそのまま寝てしまいそうになる直前に、必死で目を覚ました、
あぶない、つい何もせず寝るところだった。
とりあえずの目標といっては何だが、まあ適当に世界を周遊していくことな感じで、ゆるく行くことにしよう。

青々とした海原は、より一層輝いていた。
小山のような大きな岩には、勢い良く波がぶつかり、盛んにしぶきを上げていた。
生まれたばかりの赤ん坊が、火のついた勢いで泣き出しているかのように、その飛沫が降りかかる。
冒険は、この荒々しい海岸より始まる。
これからの旅の生活について考えながら、近くの小汚いベンチに腰を下ろした。
とりあえず、世界を巡るためにはもっと強くならないといけない。
そしてお金ももっと沢山必要だ。
なんだか、やらないといけないことが多いな。
面倒だ。
いっそのこと、全て捨ててしまおうか。
ぼんやりと、ただ椅子の上に座っていたが、やがて座るのにも疲れたのか、椅子の上に寝転びだした。
さんさんと降り注ぐ日の光。
穏やかだけど、どこか厳しい響きのする波の寄せる音。
まどろみの中で、全てはたゆたっている……
思わずそのまま寝てしまいそうになる直前に、必死で目を覚ました、
あぶない、つい何もせず寝るところだった。
とりあえずの目標といっては何だが、まあ適当に世界を周遊していくことな感じで、ゆるく行くことにしよう。

目の前をけばけばしい色をした鳥人達が飛び去っていく。
と、同時に激しい音が鳴り響き、彼らは機械式の弓矢発射装置により射落とされた。
恐れを知らぬ我等が戦士達は、勇猛果敢にも空を飛ぶ鳥人達を引きずり落とし、彼らを蹂躙していた。
そんな私の周辺には、多くの傷ついた同胞の戦士が膝を付き、そして倒れていた。
そしてそれ以上の鳥人達の死骸が辺りを埋め尽くし、そこに異様な光景と腐臭混じりの空間を作り出していた。
ここは紛れも無く戦場だ。
人が人を殺すことが当たり前で、義務である場所。
敵味方は、己の出自と外見のみで定められる。
弱者は排除!排除!排除!
そんな恐ろしい戦場という異空間の中、私は迷い込んだ羊のように、それから逃げるようにひた走った。
始まりの地にてわかったこと、
それは、どうやらこの地ではハオラインと呼ばれる鳥人と、ワニのような外見をしたサーナクと呼ばれる種族が合い争っていると言う事だった。
何故戦争しているか、それはクエストの文章をすっ飛ばして来た私にはさっぱりわからない。
いや、一つわかったことがある。
それは、クエストの文章が英語で書かれていようが日本語で書かれていようが、読むのは面倒だということだ。

と、同時に激しい音が鳴り響き、彼らは機械式の弓矢発射装置により射落とされた。
恐れを知らぬ我等が戦士達は、勇猛果敢にも空を飛ぶ鳥人達を引きずり落とし、彼らを蹂躙していた。
そんな私の周辺には、多くの傷ついた同胞の戦士が膝を付き、そして倒れていた。
そしてそれ以上の鳥人達の死骸が辺りを埋め尽くし、そこに異様な光景と腐臭混じりの空間を作り出していた。
ここは紛れも無く戦場だ。
人が人を殺すことが当たり前で、義務である場所。
敵味方は、己の出自と外見のみで定められる。
弱者は排除!排除!排除!
そんな恐ろしい戦場という異空間の中、私は迷い込んだ羊のように、それから逃げるようにひた走った。
始まりの地にてわかったこと、
それは、どうやらこの地ではハオラインと呼ばれる鳥人と、ワニのような外見をしたサーナクと呼ばれる種族が合い争っていると言う事だった。
何故戦争しているか、それはクエストの文章をすっ飛ばして来た私にはさっぱりわからない。
いや、一つわかったことがある。
それは、クエストの文章が英語で書かれていようが日本語で書かれていようが、読むのは面倒だということだ。

始まりの地を出で、数日かけてようやく我が家の入り口へとたどり着いた。
帰ることの出来る家があることほど、嬉しい事は無い。
そこで待っててくれる人が居ることほど、幸せなことは無い。
そこは常日頃見慣れた風景、見慣れた持ち物があり、自分だけのテリトリーであることを教えてくれる。
いわゆる秘密基地のようなイメージだろう。
しかし、今の私の家は、空っぽだ。
何も無い。
空っぽの家は、まるで私の心を映すかのように、何も無い。
何もないということが、これほどまでに痛切に心に突き刺さるものなのだろうか。
それとも、単に私が病んでいるからだけだろうか。

帰ることの出来る家があることほど、嬉しい事は無い。
そこで待っててくれる人が居ることほど、幸せなことは無い。
そこは常日頃見慣れた風景、見慣れた持ち物があり、自分だけのテリトリーであることを教えてくれる。
いわゆる秘密基地のようなイメージだろう。
しかし、今の私の家は、空っぽだ。
何も無い。
空っぽの家は、まるで私の心を映すかのように、何も無い。
何もないということが、これほどまでに痛切に心に突き刺さるものなのだろうか。
それとも、単に私が病んでいるからだけだろうか。

勘違い。
悪気はないものの、誤った情報を正しいと認識してしまう事。
人間ならばだれしも、勘違いや間違うことは良くある。
私は良くしばしば、それをしてしまう。
「いやー、うっかりうっかり」
「あらまー、勘違いしてたよ」
今までこれで何度と無く恐ろしい目に会ってきたか。そして会わされてきたか。
しかしながら間違いを起こさない完璧な人間などは、人間ではない。
いかに間違いを起こさないように工夫し続けるか、それが人間である。
パーフェクトよりも、進化する事が大事。
私たちは機械ではない。考える生物だ。
そうしてある事件が私に降りかかってきた。
つい先日の事だ。
高い切り立った崖の上にある鳥人達の集落の中で、私はあるクエストを行っていた。
確か鳥人達に捕まった仲間を救出するクエストをしていたのを覚えいてる。
その集落には捕らわれの我らの同胞が、本当に鳥のように鳥かごの中に捕えられていた。
鳥人の鳥かごに捕まってしまうなど、なんたる喜劇だろうか。
捕まる方は、恥もいいところだ。
鳥かごの前には、おおよそ一人以上の鳥人が監視しており、捕人が逃げ出さないように監視していた。
捕らわれてしまっている者達は、ただじっとしていた。
彼らは一体何を考えていたのだろうか。
これからの彼らの運命を、考えていたのだろうか。
たとえば、
鳥人に残虐に殺されたり、
あるいは食料品になったり、
あるいは皮を剥がされて衣類にされてしまったり、
あるいは娯楽のためになぶられたり。
いずれにしても、このままでは彼らを待つ運命はあまり好ましくないものであったであろう事は疑いようも無い。
そんな状況下で私が彼らを救助するのだ。
そしたら私は英雄だ。
軍隊で言えば、勲章ものだ。
栄誉の殿堂に私の名は刻まれ、この世の終わるそのときまで、我が名声は轟き響き渡るであろう。
そのような野望を夢に見つつ、私は彼らを救助すべく、鳥かご監視人の鳥人に向かって弓矢を構えた。そして引き絞り、放つ瞬間。
「ティモラスディープの、あるクエストの対象になっているメスゴリラはどこにいますか?」
という質問が聞こえてきた。
なんと、これは私は知っている!知っているぞ!
別のキャラで私はこのメスゴリラを発見したことがあった。
私のいるこの鳥かごの地より、レベルがもうちょっとだけ高ランクな場所だったと思う。
ここで答えたら、さぞかっこいいことだろうな。
そうだな、勲章よりも、より良い名声の獲得となるであろうと私は思った。いや思ってしまった。
でも、誰か親切な人が答えてしまうのだろうなと考えた。
そう、大抵の物事は、私が考えるよりもっとよりよい方向に進む場合が多い。
私が答えるより、もっと詳しい情報を知っている人が答えたほうがまだ良い結果になるだろうからだ。
そうこう考えているうちに、一分経った。
そして誰も返事をしなかった。
そうか、今わかった。
これは神が私に答えてやれと言っているのだ。
ならば私の取る手段もただ一つ。
「北の辺りにいた気がします」
辺りという単語と、気がしますという単語で、逃げている。
そう、あまり自信が無かったのだ。
が、何も情報が無いよりはましだろう、と私は楽観的に考えた。
そしてしばらくの後、その高レベル地域にいけるようになったので、そのとき地図を見ると
「あ、メスゴリラは東の付近だった。」
大変申し訳ありません!
悪気はないものの、誤った情報を正しいと認識してしまう事。
人間ならばだれしも、勘違いや間違うことは良くある。
私は良くしばしば、それをしてしまう。
「いやー、うっかりうっかり」
「あらまー、勘違いしてたよ」
今までこれで何度と無く恐ろしい目に会ってきたか。そして会わされてきたか。
しかしながら間違いを起こさない完璧な人間などは、人間ではない。
いかに間違いを起こさないように工夫し続けるか、それが人間である。
パーフェクトよりも、進化する事が大事。
私たちは機械ではない。考える生物だ。
そうしてある事件が私に降りかかってきた。
つい先日の事だ。
高い切り立った崖の上にある鳥人達の集落の中で、私はあるクエストを行っていた。
確か鳥人達に捕まった仲間を救出するクエストをしていたのを覚えいてる。
その集落には捕らわれの我らの同胞が、本当に鳥のように鳥かごの中に捕えられていた。
鳥人の鳥かごに捕まってしまうなど、なんたる喜劇だろうか。
捕まる方は、恥もいいところだ。
鳥かごの前には、おおよそ一人以上の鳥人が監視しており、捕人が逃げ出さないように監視していた。
捕らわれてしまっている者達は、ただじっとしていた。
彼らは一体何を考えていたのだろうか。
これからの彼らの運命を、考えていたのだろうか。
たとえば、
鳥人に残虐に殺されたり、
あるいは食料品になったり、
あるいは皮を剥がされて衣類にされてしまったり、
あるいは娯楽のためになぶられたり。
いずれにしても、このままでは彼らを待つ運命はあまり好ましくないものであったであろう事は疑いようも無い。
そんな状況下で私が彼らを救助するのだ。
そしたら私は英雄だ。
軍隊で言えば、勲章ものだ。
栄誉の殿堂に私の名は刻まれ、この世の終わるそのときまで、我が名声は轟き響き渡るであろう。
そのような野望を夢に見つつ、私は彼らを救助すべく、鳥かご監視人の鳥人に向かって弓矢を構えた。そして引き絞り、放つ瞬間。
「ティモラスディープの、あるクエストの対象になっているメスゴリラはどこにいますか?」
という質問が聞こえてきた。
なんと、これは私は知っている!知っているぞ!
別のキャラで私はこのメスゴリラを発見したことがあった。
私のいるこの鳥かごの地より、レベルがもうちょっとだけ高ランクな場所だったと思う。
ここで答えたら、さぞかっこいいことだろうな。
そうだな、勲章よりも、より良い名声の獲得となるであろうと私は思った。いや思ってしまった。
でも、誰か親切な人が答えてしまうのだろうなと考えた。
そう、大抵の物事は、私が考えるよりもっとよりよい方向に進む場合が多い。
私が答えるより、もっと詳しい情報を知っている人が答えたほうがまだ良い結果になるだろうからだ。
そうこう考えているうちに、一分経った。
そして誰も返事をしなかった。
そうか、今わかった。
これは神が私に答えてやれと言っているのだ。
ならば私の取る手段もただ一つ。
「北の辺りにいた気がします」
辺りという単語と、気がしますという単語で、逃げている。
そう、あまり自信が無かったのだ。
が、何も情報が無いよりはましだろう、と私は楽観的に考えた。
そしてしばらくの後、その高レベル地域にいけるようになったので、そのとき地図を見ると
「あ、メスゴリラは東の付近だった。」
大変申し訳ありません!
Three Rings for the Elven-kings under the sky.
Seven for the Dwarf-lords in their halls of stone,
Nine for Mortal Men doomed to die,
One for the Dark Lord on his dark throne
In the Land of Mordor where the Shadows Lie.
One Ring to rule them all,One Ring to find them,
One Ring to bring them all and in the darkness bind them
In the Land of Mordor where the Shadows lie.
なんとなく、本屋を歩いていると、洋書のコーナーがあった。
別に私は英語の本など、日常生活の中では欲しくもなんとも無い代物だった。
必ずしも読む必要に迫られていないからだ。
明日の飯が、この英語を読めないなら食べられない、などという切迫した状況ならば、そうも行かなかっただろうが、残念ながら私は日本語に囲まれていた。
しかし、洋書コーナーで本を立ち読みしている人を見かけると、
「うお、インテリだ!」
などと思ってしまい、思わず自分も立ち読みをして、
読めもしないくせに、
「俺って超インテリだぜ!」
などと自分に酔ってしまう。
いわば私は器が小さい人間なのだ。
がしかし、最近知り合いが、
「TOEFLで600点とったぜ、hehe」
などと、調子に乗った事を言っていたのを思い出した。
英語…
もはや社会人であり、英語と関わる仕事をしていない私にとっては、英語など正直それほど必要ではない。
がしかし、なぜだろう、この心のざわめきは。
なんだろう、負けてもいないのに、負けたと思うこの感情は。
なんだか妙に頭に来た私は、
「よし、こうなったら英語でも勉強してぺらぺらになってやる。TOEFLだかTOEICだか知らないが、かかってこいや!」
などと思った次第だ。
さて、そういった状況の中で、本屋の洋書コーナーに来た場合、
取る行動というのは、まるでプログラミングが作動するかのように決まりきっている。
そう、好きな分野の本ならば、英語で書いてあっても必死で読むだろう。
という、極めて無努力主義的な発想をしたのだ。
まあ、わからない単語は、インターネットで一瞬検索だし〜
などと、横着なことを考えつつ、私は買った。その本を……
「THE FELLOWSHIP OF THE RING , THE LORD OF THE RINGS PART1」
早速、私は本の匂いを嗅いで見た。
うむ、なんとなくアメリカのにおいがする。
紙の質をチェックする。
日本の文庫本の紙質と、結構違う感じだ。
やや茶色っぽい。

果たして私は最後まで読むことが出来るだろうか。
そして英語がぺらぺらになるだろうか。
無理だろうな…
一ページ読むのでさえ、かなりの労力を費やしたし…
Seven for the Dwarf-lords in their halls of stone,
Nine for Mortal Men doomed to die,
One for the Dark Lord on his dark throne
In the Land of Mordor where the Shadows Lie.
One Ring to rule them all,One Ring to find them,
One Ring to bring them all and in the darkness bind them
In the Land of Mordor where the Shadows lie.
なんとなく、本屋を歩いていると、洋書のコーナーがあった。
別に私は英語の本など、日常生活の中では欲しくもなんとも無い代物だった。
必ずしも読む必要に迫られていないからだ。
明日の飯が、この英語を読めないなら食べられない、などという切迫した状況ならば、そうも行かなかっただろうが、残念ながら私は日本語に囲まれていた。
しかし、洋書コーナーで本を立ち読みしている人を見かけると、
「うお、インテリだ!」
などと思ってしまい、思わず自分も立ち読みをして、
読めもしないくせに、
「俺って超インテリだぜ!」
などと自分に酔ってしまう。
いわば私は器が小さい人間なのだ。
がしかし、最近知り合いが、
「TOEFLで600点とったぜ、hehe」
などと、調子に乗った事を言っていたのを思い出した。
英語…
もはや社会人であり、英語と関わる仕事をしていない私にとっては、英語など正直それほど必要ではない。
がしかし、なぜだろう、この心のざわめきは。
なんだろう、負けてもいないのに、負けたと思うこの感情は。
なんだか妙に頭に来た私は、
「よし、こうなったら英語でも勉強してぺらぺらになってやる。TOEFLだかTOEICだか知らないが、かかってこいや!」
などと思った次第だ。
さて、そういった状況の中で、本屋の洋書コーナーに来た場合、
取る行動というのは、まるでプログラミングが作動するかのように決まりきっている。
そう、好きな分野の本ならば、英語で書いてあっても必死で読むだろう。
という、極めて無努力主義的な発想をしたのだ。
まあ、わからない単語は、インターネットで一瞬検索だし〜
などと、横着なことを考えつつ、私は買った。その本を……
「THE FELLOWSHIP OF THE RING , THE LORD OF THE RINGS PART1」
早速、私は本の匂いを嗅いで見た。
うむ、なんとなくアメリカのにおいがする。
紙の質をチェックする。
日本の文庫本の紙質と、結構違う感じだ。
やや茶色っぽい。

果たして私は最後まで読むことが出来るだろうか。
そして英語がぺらぺらになるだろうか。
無理だろうな…
一ページ読むのでさえ、かなりの労力を費やしたし…
あのルーン文字のようなものは、一つの指輪に刻まれし古エルフの文字であると聞いた私は、
まるでガンダルフがミナスティリスの書物庫で一つの指輪に関する資料を読み漁り探しているような心持で、本を開いてみた。
そしてあった、その文字が。

なんだか、妙に奥の深い本だ。
それにしても、今回貼った画像は、なんだかカッコいい感じがする。
フラッシュ焚きすぎたせいか、文字が見えにくくなったため、画像を編集して明るさを抑えてみた。
すると、なにやら古い書物のような色合いに…
これはこれで何か良い感じのように思った。
まるでガンダルフがミナスティリスの書物庫で一つの指輪に関する資料を読み漁り探しているような心持で、本を開いてみた。
そしてあった、その文字が。

なんだか、妙に奥の深い本だ。
それにしても、今回貼った画像は、なんだかカッコいい感じがする。
フラッシュ焚きすぎたせいか、文字が見えにくくなったため、画像を編集して明るさを抑えてみた。
すると、なにやら古い書物のような色合いに…
これはこれで何か良い感じのように思った。
先週だったか、MirageのAmie様に突撃し、歓談させて頂きました。
もしこの様子が、記事になったらうれしいな、でも載らないだろうな普通は…
と思っていた。
本日、Mirage様が記事を更新なされており、
なんと、その記事に私が写っているではありませんか!
http://home.att.ne.jp/surf/mirage/
「The Lord of the Rings Online Play Report (3)」における、一ページ目の、
「おお、ふとっぱらです!」
と言っているキャラが私だ!
これで私もニヤニヤできる資格を得たといってもいいだろう。
もしこの様子が、記事になったらうれしいな、でも載らないだろうな普通は…
と思っていた。
本日、Mirage様が記事を更新なされており、
なんと、その記事に私が写っているではありませんか!
http://home.att.ne.jp/surf/mirage/
「The Lord of the Rings Online Play Report (3)」における、一ページ目の、
「おお、ふとっぱらです!」
と言っているキャラが私だ!
これで私もニヤニヤできる資格を得たといってもいいだろう。
私は、今まで色んなMMOを渡り歩いていた。
しかし、純粋にグラフィックが綺麗だと思わせてくれたゲームは、唯一つ。
それは、Vanguardだった。
s.jpg)
EQ2も十分綺麗だった。
LotROは、さらに綺麗だった。
しかし、Vanguardはそれらを大きく上回っていると私は思う。
なぜなら、遠くの景色が、本当に綺麗だからだ。
EQ2や、LotROは私が作り物の箱庭に居るのだと、実感させられた。
なんとなく、四角い空間の中に放り出されるかのような錯覚、それを覚える。
それはとても窮屈だった。
だが見よ、このTelonの世界を。
こんなにもすがすがしいではないか。
というわけで、Vanguardの世界に私は再び舞い戻った。
ギルドはさびれ、日本人コミュニティはほぼ壊滅と、燦々たる状況のようだ。どうやら。
が、まあいいさ、世界を旅できれば、
それが私の望みなのだから。
なんとなく、一年前よりクライアントは軽くなっている気がする。何となくだが…
あと、兜のグラフィックが追加され居ているようだ。
そのほかは、リフトウェイポイントなるものが追加され、各地域間移動が楽になっているようだ。
その他、細かいところで改善点がいろいろあるかもしれない。
しかし、純粋にグラフィックが綺麗だと思わせてくれたゲームは、唯一つ。
それは、Vanguardだった。
s.jpg)
EQ2も十分綺麗だった。
LotROは、さらに綺麗だった。
しかし、Vanguardはそれらを大きく上回っていると私は思う。
なぜなら、遠くの景色が、本当に綺麗だからだ。
EQ2や、LotROは私が作り物の箱庭に居るのだと、実感させられた。
なんとなく、四角い空間の中に放り出されるかのような錯覚、それを覚える。
それはとても窮屈だった。
だが見よ、このTelonの世界を。
こんなにもすがすがしいではないか。
というわけで、Vanguardの世界に私は再び舞い戻った。
ギルドはさびれ、日本人コミュニティはほぼ壊滅と、燦々たる状況のようだ。どうやら。
が、まあいいさ、世界を旅できれば、
それが私の望みなのだから。
なんとなく、一年前よりクライアントは軽くなっている気がする。何となくだが…
あと、兜のグラフィックが追加され居ているようだ。
そのほかは、リフトウェイポイントなるものが追加され、各地域間移動が楽になっているようだ。
その他、細かいところで改善点がいろいろあるかもしれない。
今、ある場所で虐殺が起こっているとしよう。
あるいは、自らの子孫を残す手段が絶たれ、歴史上から抹殺されようとしているとしよう。
誇るべき世界に冠たる文化、文明が、くだらない理由で踏み潰されているとしよう。
思想の押し付けを、唾棄すべき「教育」などという言葉で美化されているとしよう。
それを見逃してよいのだろうか。
あるいは、見過ごしていいのだろうか。
もっといえば、見ぬ振りをしていいのだろうか。
そもそも、「教育」などという言葉が私は大っ嫌いだ。
いかにも、
「教える私は正しく、教えられるあなたは馬鹿、もしくは間違っている」
という、完全否定から始まるこの上から目線には、吐き気を覚える。
関係ないが、自分の会社でも、朝礼でなんか変な会社の社訓みたいなのを読まされるが、あれは私は唾を吐く一歩手前で我慢して、読み続けている。
なんというか、金をもうけるためには、こうしろよ、と洗脳されている気分だ。
金、金、金。
金の亡者共め!!
こうやって毎朝読む社訓の光景は、傍から見たら、オウム真理教となんら変わりが無い。
何のことは無い。毎朝私たちは、
「修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ」
の変わりに、
「金を稼ぐぞ、金を稼ぐぞ、金を稼ぐぞ」
と叫んでいるだけなのだ。
とまあ、一部愚痴が出てしまったが、ともかく思想信条は何者にも犯せざるべき事柄である。
まあ、頭が固いとか言われたら、なんともいえないところかもしれないが……
しかし、少なくとも我々は、生活、生き様、文化、文明に誇りを持ってしかるべきであり、何者にも踏みにじられるべきではなく、そして踏みにじるべきでもない。
踏みにじるような障害があるならば、それは排除しなければならない。
それが今まさにそこにある危機として存在するならば。
今まさにそこに在る危機とは、通常身近な人に起きる場合だと思う。
例えば、肉親あるいは配偶者が聞きに晒されたとき、私たちは立ち上がる。
それこそ命を賭けて。
しかしそれが数千キロ離れている人となると、とたんに他人事になってしまう。
それはしかし、真っ正直に考えると、正しいことだろうか。
我々は明確な区別は出来るのだろうか。
我が子が危険に晒されようとしている場合と、他人の子が危険に晒されている場合で、
倫理的には我が子を優先するのだろうが、理論的にはどちらが正しいと言えるのだろうか。
否、それは出来ない。
私たちは常日頃より、なんらかの理不尽な扱いを受けたことはあるだろう。
世間でよく聞く、特定の政治家や特定の公務員による贈収賄、不正。
そしてごく一部の人間のために施行され、ごく一部の人間のみが利益を享受するような不可解な法律改正。
それは、私たちの住むこの社会が不平等で、理不尽なものにまみれていることを示し、
そして私たちはその事を知っており、
それに対する憤慨を例外なくもっている。
それならば、この数千キロ離れいている場所で虐殺されている人達の懊悩が理解できないことは無い。
理不尽な虐殺。
踏みにじらる人権。
力により押さえつけられ、どうしようも出来ないもどかしさ、
見えぬ明日。
少しばかりも共感を得ないだろうか。
私は何となく共感を覚えた。
しかし、それでも私は行動が出来ない事に気付いている。
そう、憤慨しても、その気持ちを実際の行動に移せない。
また、うつした所で、大海に投じる一石のごとく、なんの役にも立たないのだろうとさえ、諦めのふしさえある。
チベットへ行く事で、生活の糧を失い、明日を失い、未来を失い、そして命を失う。
そこまでやる度胸が私にあるのか?
あ、チベット言っちゃった。まあいいか。
そう、結局出来ないのだ。
所詮は負け犬の遠吠えのごとく、私の限界をまざまざと見せ付けるだけなのだ。
世の中とは残酷だ。
結局のところ、惰性でしか物事は動いていかない。
感情だけ先走っても、行動が伴わなければ、ただの遠吠えに過ぎない。
そんな感じが、世を覆っている。
今まさに迫る危機のみ、私たちは行動を起こし、将来あるいは他の人に迫る危機に対しては結構無防備なところがあるのは、否めないと思う。
そうして、私は問題を一つ一つ、ほったらかしにして、生き続けるのだろう。
あるいは、自らの子孫を残す手段が絶たれ、歴史上から抹殺されようとしているとしよう。
誇るべき世界に冠たる文化、文明が、くだらない理由で踏み潰されているとしよう。
思想の押し付けを、唾棄すべき「教育」などという言葉で美化されているとしよう。
それを見逃してよいのだろうか。
あるいは、見過ごしていいのだろうか。
もっといえば、見ぬ振りをしていいのだろうか。
そもそも、「教育」などという言葉が私は大っ嫌いだ。
いかにも、
「教える私は正しく、教えられるあなたは馬鹿、もしくは間違っている」
という、完全否定から始まるこの上から目線には、吐き気を覚える。
関係ないが、自分の会社でも、朝礼でなんか変な会社の社訓みたいなのを読まされるが、あれは私は唾を吐く一歩手前で我慢して、読み続けている。
なんというか、金をもうけるためには、こうしろよ、と洗脳されている気分だ。
金、金、金。
金の亡者共め!!
こうやって毎朝読む社訓の光景は、傍から見たら、オウム真理教となんら変わりが無い。
何のことは無い。毎朝私たちは、
「修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ」
の変わりに、
「金を稼ぐぞ、金を稼ぐぞ、金を稼ぐぞ」
と叫んでいるだけなのだ。
とまあ、一部愚痴が出てしまったが、ともかく思想信条は何者にも犯せざるべき事柄である。
まあ、頭が固いとか言われたら、なんともいえないところかもしれないが……
しかし、少なくとも我々は、生活、生き様、文化、文明に誇りを持ってしかるべきであり、何者にも踏みにじられるべきではなく、そして踏みにじるべきでもない。
踏みにじるような障害があるならば、それは排除しなければならない。
それが今まさにそこにある危機として存在するならば。
今まさにそこに在る危機とは、通常身近な人に起きる場合だと思う。
例えば、肉親あるいは配偶者が聞きに晒されたとき、私たちは立ち上がる。
それこそ命を賭けて。
しかしそれが数千キロ離れている人となると、とたんに他人事になってしまう。
それはしかし、真っ正直に考えると、正しいことだろうか。
我々は明確な区別は出来るのだろうか。
我が子が危険に晒されようとしている場合と、他人の子が危険に晒されている場合で、
倫理的には我が子を優先するのだろうが、理論的にはどちらが正しいと言えるのだろうか。
否、それは出来ない。
私たちは常日頃より、なんらかの理不尽な扱いを受けたことはあるだろう。
世間でよく聞く、特定の政治家や特定の公務員による贈収賄、不正。
そしてごく一部の人間のために施行され、ごく一部の人間のみが利益を享受するような不可解な法律改正。
それは、私たちの住むこの社会が不平等で、理不尽なものにまみれていることを示し、
そして私たちはその事を知っており、
それに対する憤慨を例外なくもっている。
それならば、この数千キロ離れいている場所で虐殺されている人達の懊悩が理解できないことは無い。
理不尽な虐殺。
踏みにじらる人権。
力により押さえつけられ、どうしようも出来ないもどかしさ、
見えぬ明日。
少しばかりも共感を得ないだろうか。
私は何となく共感を覚えた。
しかし、それでも私は行動が出来ない事に気付いている。
そう、憤慨しても、その気持ちを実際の行動に移せない。
また、うつした所で、大海に投じる一石のごとく、なんの役にも立たないのだろうとさえ、諦めのふしさえある。
チベットへ行く事で、生活の糧を失い、明日を失い、未来を失い、そして命を失う。
そこまでやる度胸が私にあるのか?
あ、チベット言っちゃった。まあいいか。
そう、結局出来ないのだ。
所詮は負け犬の遠吠えのごとく、私の限界をまざまざと見せ付けるだけなのだ。
世の中とは残酷だ。
結局のところ、惰性でしか物事は動いていかない。
感情だけ先走っても、行動が伴わなければ、ただの遠吠えに過ぎない。
そんな感じが、世を覆っている。
今まさに迫る危機のみ、私たちは行動を起こし、将来あるいは他の人に迫る危機に対しては結構無防備なところがあるのは、否めないと思う。
そうして、私は問題を一つ一つ、ほったらかしにして、生き続けるのだろう。
美人は三日で飽きる。
私はこの格言を、まさに言葉どおりに体現した。
Vanguardは綺麗だけど、飽きた。
ああ、私ってダメな人間なんだなあと、痛感した。
そう、見た目じゃないのよ、何事も。
Warhammerがどうやら延期らしいって事も、非常にショッキングな出来事だ。
なんだか投げやりにならざるを得ない感じだ…
やっぱり、遊んでいて、操作をしていて楽しさを感じるWoWが一番ベストだろうか…

英語の勉強にもなるし…多分。
私はこの格言を、まさに言葉どおりに体現した。
Vanguardは綺麗だけど、飽きた。
ああ、私ってダメな人間なんだなあと、痛感した。
そう、見た目じゃないのよ、何事も。
Warhammerがどうやら延期らしいって事も、非常にショッキングな出来事だ。
なんだか投げやりにならざるを得ない感じだ…
やっぱり、遊んでいて、操作をしていて楽しさを感じるWoWが一番ベストだろうか…

英語の勉強にもなるし…多分。
WoWで本格的に住み着こうと思って、昔のキャラで遊んでいると、これからやらないといけないことが結構山積みなことに気が付いた。
その量は余りにも多く、面倒だから、あやうくWoWからフェードアウトしたくなるほどだ。
とりあえず、私のやるべきことを箇条書きにして、以下に整理する。
■現在の状況
○レベル35のWarだ。
○金は11Gと、極貧状態。
○重要なスキル以外は、あまり覚えていない(金がないから)
○確か包帯スキルをアップグレードさせるために、どこかに行かないといけない気がする。Hordeはどこで上げるべきだったか…たしか、Arachiだったような気が。
○生産スキルが全くゼロだ。
■今の内にやらないといけないこと
○Lv40になったら乗れる馬のために、確か40Gくらい買わないといけない。
○つうか、武器も新しいの買わないといけない。
○Lv40になったら、現在のメイル装備からプレート装備へ新調する必要があるので、やっぱり金が必要。
○装備品をアップグレードする必要がある。現在持っている装備が低レベルで、Warにとっては致命的…。しかも馬買う必要があるため、無駄遣いも出来ず、にっちもさっちも行かない…
○生産スキルが全くゼロだから、なんか生産しなきゃ。
○包帯スキルを覚えに行かないと、布切れが余りまくる。
○普通の戦闘スキルもきちんと覚えなければ…
○そう言えば、Warのスタンスを一個覚えていない。確かRFDに行かないとだったような…
○もう一つ、BarrenでWarのクラスクエストが残っていた…
なんか、Warをやってはならないような気がしてきた。
素直に、mageで遊んでおくべきだろうか…

とりあえず、現実逃避としてStranglethorn Vale。通称STVにて虎狩りをする。
やはり、ストレス無く遊べて、楽しいと思えるゲームは良いものだ。
なんだろうか、例え単調な作業だとしても、やってて楽しいと感じさせるものがあるなら、それはそれで満足できるものだと思う。
それがなんなのかは良くわからないが、他のMMOにないものがWoWにはあるのだろう。
そんなWoWを特徴付けるものとして、アドオンと言うものがある。
これはユーザーが開発した便利な拡張機能を追加できると言う大変便利な代物だ。
このアドオンは星の数ほどあるが、その中でも私がこのゲームに復帰してから感動したアドオンがある。
それは、「QuestHelper」というアドオンだ。
これは、正直、便利すぎる。
便利すぎて、危険だ。
第一の機能に、WoWの地図上に、今受けているクエストの目的地などが出る!
そして、どの順番で回れば良いかという、ルート設定までするのだ!

私は思う、
このアドオンは、人を堕落させる。
だって、クエストの文章なんて読む必要がなくなるからだ。
このアドオン、なんかその内に使用禁止とかになるんじゃないだろうか……
その量は余りにも多く、面倒だから、あやうくWoWからフェードアウトしたくなるほどだ。
とりあえず、私のやるべきことを箇条書きにして、以下に整理する。
■現在の状況
○レベル35のWarだ。
○金は11Gと、極貧状態。
○重要なスキル以外は、あまり覚えていない(金がないから)
○確か包帯スキルをアップグレードさせるために、どこかに行かないといけない気がする。Hordeはどこで上げるべきだったか…たしか、Arachiだったような気が。
○生産スキルが全くゼロだ。
■今の内にやらないといけないこと
○Lv40になったら乗れる馬のために、確か40Gくらい買わないといけない。
○つうか、武器も新しいの買わないといけない。
○Lv40になったら、現在のメイル装備からプレート装備へ新調する必要があるので、やっぱり金が必要。
○装備品をアップグレードする必要がある。現在持っている装備が低レベルで、Warにとっては致命的…。しかも馬買う必要があるため、無駄遣いも出来ず、にっちもさっちも行かない…
○生産スキルが全くゼロだから、なんか生産しなきゃ。
○包帯スキルを覚えに行かないと、布切れが余りまくる。
○普通の戦闘スキルもきちんと覚えなければ…
○そう言えば、Warのスタンスを一個覚えていない。確かRFDに行かないとだったような…
○もう一つ、BarrenでWarのクラスクエストが残っていた…
なんか、Warをやってはならないような気がしてきた。
素直に、mageで遊んでおくべきだろうか…

とりあえず、現実逃避としてStranglethorn Vale。通称STVにて虎狩りをする。
やはり、ストレス無く遊べて、楽しいと思えるゲームは良いものだ。
なんだろうか、例え単調な作業だとしても、やってて楽しいと感じさせるものがあるなら、それはそれで満足できるものだと思う。
それがなんなのかは良くわからないが、他のMMOにないものがWoWにはあるのだろう。
そんなWoWを特徴付けるものとして、アドオンと言うものがある。
これはユーザーが開発した便利な拡張機能を追加できると言う大変便利な代物だ。
このアドオンは星の数ほどあるが、その中でも私がこのゲームに復帰してから感動したアドオンがある。
それは、「QuestHelper」というアドオンだ。
これは、正直、便利すぎる。
便利すぎて、危険だ。
第一の機能に、WoWの地図上に、今受けているクエストの目的地などが出る!
そして、どの順番で回れば良いかという、ルート設定までするのだ!

私は思う、
このアドオンは、人を堕落させる。
だって、クエストの文章なんて読む必要がなくなるからだ。
このアドオン、なんかその内に使用禁止とかになるんじゃないだろうか……
すべての世界が一つに繋がっていると言うのは、とても良いことだ。
それがシームレスの世界であれば、より実感できる。
さらに、世界が広大であれば、なお良いと思う。
WoWに慣れ親しんでいたときは、当たり前の事として特段気にもしなかったが、しばらく他のMMOをやったあとに見るWoWは、やはり良いものだ。
なんだろうか、この良さと言うのは。
なにかコンセプトみたいなのがあるのかもしれない。

久々にグリフォン(Hordeでは蝙蝠だが…)に乗って、世界を旅してみた。
旅に出たと言うと聞こえはかっこいいが、実際はArathiHighlandsへと包帯の上級スキルを覚えに行くのが目的の旅だ。
特段、自分探しの旅などではなく、単純にビジネスライクな旅だ。

こうやって、グリフォンに乗っていると、その飛行ルートがあからさまに観光スポットのような場所を回ってくれるのも、なかなか心憎い演出だ。
WoWの世界を当たり前と考えていたあのときには、なかなか気付きにくいことだが、こういった細かい配慮こそ、WoWたる所以なのだろう。

そうして私は、山高い高原に到着した。
それがシームレスの世界であれば、より実感できる。
さらに、世界が広大であれば、なお良いと思う。
WoWに慣れ親しんでいたときは、当たり前の事として特段気にもしなかったが、しばらく他のMMOをやったあとに見るWoWは、やはり良いものだ。
なんだろうか、この良さと言うのは。
なにかコンセプトみたいなのがあるのかもしれない。

久々にグリフォン(Hordeでは蝙蝠だが…)に乗って、世界を旅してみた。
旅に出たと言うと聞こえはかっこいいが、実際はArathiHighlandsへと包帯の上級スキルを覚えに行くのが目的の旅だ。
特段、自分探しの旅などではなく、単純にビジネスライクな旅だ。

こうやって、グリフォンに乗っていると、その飛行ルートがあからさまに観光スポットのような場所を回ってくれるのも、なかなか心憎い演出だ。
WoWの世界を当たり前と考えていたあのときには、なかなか気付きにくいことだが、こういった細かい配慮こそ、WoWたる所以なのだろう。

そうして私は、山高い高原に到着した。
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