日曜夜の憂鬱、その1
私は社会の歯車に組み込まれて、数年が過ぎた。
社会の図式と言うものが、最近おぼろげながら見えてきた。
それは一言では言い表せないほど複雑で、そして脆いもので成り立っているような感じだ。

しかし、それでも私にはある疑念が尽きない。
私は一体何者で、何のために生きているのであろうか?
これは私の長年の研究テーマであり、なかなかその解決が出来ない問題だ。




私は一体何者か、という疑問は、まず私が生物上の分類されている人間という種について、まず解き明かさなければならない。
人間とは一体なんぞや?
この事柄を調べるには、人間の生きてきた歴史を調べるのが最も適しているように思える。
そこで私は人間の歴史を紐解いてみた。
以下にその私なりの検証結果を示す。

(1)人間とは、生存することを最も優先させる生き物だ。
もっと踏み込んだ言い方をすると、己の生活圏を保持することを目的としている。
ここでの生活圏とは、自身の生命、自身の財産、自身の家族、自身の名誉、そして自身の属する社会を表す。

(2)上記で記した目的遂行のためには、他者(他の社会)の生命、財産、生活を破壊することを厭わない。

(3)ただし、(2)で示した項目に純粋に従うと、他の社会により嫌悪され、潰される。
すなわち、多様な社会組織がある中では(2)に対してある一定の歯止めをかけられる。
多様な社会のバランス機構と呼べるものかもしれない。




細かいフローをすっ飛ばし、結論からいうと、嘘つきは世渡り上手、だ。
正直者は馬鹿を見る。
最近はつくづくそれを思い知らされる日々だ。

とりあえず、もっと気楽に生活できればいいのにな、と思う日曜の夜であった。
すっごい揺れた。
最近なんか地震が多い。
やばい気がする。
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