睡眠って何だろう
私は最近、昼間になると眠くなる。

デスクワークの仕事をしているのだが、ずーと長時間座りっぱなしで、かつPCと睨めっこばっかりである。本当に眠いときは、外の喫煙所でタバコを一服吸って気分転換しないと気力が続かないという体たらくだ。

ここで睡眠とは何だろう?
私の日ごろの生活において、睡眠時間を沢山取った場合でも仕事中眠くなる事はあるし、睡眠時間をそれほど取っていない場合でも仕事中眠くならない事もある。俗に言う「寝溜め」という言葉は私には当てはまらないらしい。

ここで一つの私の体験例から言うと、やはり「気力」が絡んでいるような気がする。例えば、切羽詰った納期の仕事が絡んでいるようなときは、「気力」を充実させる必要があり、このようなときには眠気というもの自体が入り込む余地がない。しかしながら納期の長い仕事などでは「気力」を充実させて仕事をする必要がなく、その結果眠気が襲ってくると思われる。

結論から言うと、今の私は仕事がそれほど忙しくないという事となる。あれ?私の疑問は睡眠だったのになぜ仕事の話になったのだろうか・・・

まあ一ついえることは、このような雑記を書く暇があったら寝ろということだ。
公道最速
男なら誰しも、「公道最速」に憬れたことがあると思う。
誰よりもより早く走り、華麗なドリフトを決めてターンする。
言葉で言えば単純だが、男たちを惹きつけてやまない何かがそこには確実にある。
ここで、公道において世界最速の男は誰だろうか。それはWRCドライバーズチャンピオンであると思う。

F1と並ぶ世界選手権にWRC(World Rally Championship)世界ラリー選手権というものがある。両者の違いを私なりの解釈で説明すると、
F1は決められたコース(サーキット)内をぐるぐると回り、抜きつ抜かれつの勝負をするもの。
WRCは地球全体をサーキットと見立てグラベル(未舗装道)やターマック(舗装道)を走り、決められた区間のタイムを走行してそのタイムを競うもの。
と理解している。
ちなみに、私はそれほど詳しくないため、詳細な情報を求められる場合は他サイトを当たられることをお勧めします。

私が始めてWRCのレースをテレビで見たときは、はっきり言って衝撃的だった。車というのはこんな挙動をすることが出来るのか!というほどありえない動きで火花を散らしながらヘアピンカーブを曲がるのである。
ライン取りを間違えたら即崖下直行という状況にも関わらず、WRCのドライバーが恐ろしい速さでコーナーをクリアしていく様は見てて感動するとともに尊敬せざるを得ない。

さらに、このWRCは天候やマシントラブル、タイヤ選択によって順位が大きく変わるなどして見てて飽きない。日本であまり人気がないのが非常に残念である。おかげでTV放送も辺鄙な時間帯だったりする。

このWRCは実は日本でも開催される予定である。私は心からこのラリーのギャラリーとなりたい。ミーハーではあるがスバルのペターソルベルグの箱乗りを見たい。そしてサインを・・・
ミーハーついでだが、ソルベルグの箱乗りは様になってると思う。へたな若者の箱乗りよりも愛嬌があり非常に好感の持てる箱乗りであると思う。わたしは会社の車でいつか箱乗りドリフトをかますことが夢である。会社の車はもちろんサニーバンだ。

去年は仕事の都合上ラリージャパンに行けなかったが、今年こそは行きたいと考えている。今のうちに有給休暇申請をしておこう・・・


ラリージャパン公式ページ
http://www.rallyjapan.jp/
まんが
私はマンガが好きだ。

子供のころからマンガは好きだった。
記憶に残るマンガといえば、やはりドラゴンボールや北斗の拳、ジョジョの奇妙な冒険、ハイスクール奇面組である。なんか年がばれそうな気がする。

特にハイスクール奇面組については、子供の少ない予算の中からお金をひねり出して単行本を購入した程である。その奇面組の冷越豪なる人物には心底笑わせてもらった。今でも覚えているのは彼がマイケルジャクソンの真似をしているところだ。単行本が擦り切れるほど何度も何度も読み返してはゲラゲラと笑っている私の様はまさしく異様であったと思う。

マンガ好きは年を取っても変わらず、今でも沢山のマンガを買い続けている。
最近のお気に入りは「軍鶏」である。
内容は、親を殺した主人公が空手を習って現実の厳しさ?と戦っていく物語である。
全体的に漂う暗い雰囲気、厳しい現実、退廃した社会の姿が実に面白く描写されている。主人公を善としては描写されず、あくまでも悪として取り扱っている点がかなり魅力的である。

最近よく感じるのは、年を取るとともに私のマンガの趣味も結構変わってきた事だ。渋めのマンガを好む傾向がどうもあるらしい。
しかし、それでも少年ジャンプの「ワンピース」だけは単行本を買っている。
海賊は男のロマンだ。
ソーサリアンオンライン
今日、ソーサリアンがオンラインゲームになるという話を見た。
なんとも懐かしい名前だ。

ソーサリアンとは、1980年代に流行ったPCゲームである。私が小学生の時分によく遊んでいたゲームの一つで、今でも結構人気があるらしく、再販を頻繁にしているゲームである。
内容は箇条書きにすると、アクションRPG、15の短編シナリオクリア型、拡張性に優れたシステム?、世代交代有り、といった感じだったと思う。

私はこのゲームで始めてPTを組むRPGをしたと記憶している。思い通りに動かない仲間たちを操作しながら、一番最初のシナリオをレベル上げ兼ねて何回も何回もクリアしていた。一回冒険するごとに一年経つため、キャラが成長しきる頃には既に年寄りになっていたりした。
さすがにキャラが60歳になるといつ死ぬかわからないので冒険から帰って、無事にその年を乗り切れたかどうかのメッセージが出るときが一番緊張していた気がする。

このゲームに限らず、このゲームを作ったメーカーの音楽はかなり好きだった。
私のお気に入りはソーサリアンのオープニングのピアノ曲だ。
PCを立ち上げて、オープニングの曲だけを鳥肌を立てながらずーっと聞きまくっていた。

最近のゲームで印象に残る曲は、やはりMMOのMaster of Epicの曲だ。その中でも一番好きな曲は、丘ギガスとの戦闘曲である。真のBOSSと戦っている気分になるのでMaster of Epicを始めたときからの大のお気に入りである。
これに限らず、Master of Epicの音楽は私のつぼにはまっているため、いまだに課金し続けている理由の一つでもある。

最近はどうもゲーム以外の音楽に触れていない気がする。久々に何かCDでも買ってたまにはのんびりと過ごすのも悪くないかもしれないと、この文章を書きつつ思った。
UOの思い出
UOで遊びながら、ふとUOで面白かった出来事を思い出した。

「ICHIRO」イベントだ。
ちょうどイチローが大リーグで大記録を打ち立てた記念に、海外サーバーに大量の日本人がICHIROという名前で遠征をしていたのだ。
特に何かの運動をしたわけでもなく、現地民を巻き込んで遊んでいた。
現地人PKと戦ったり、あるいは現地人がなぜかICHIRO軍団のリーダーに収まって、その写真を海外の大手UOサイトで「なぞの軍団」とか紹介されたりと、好き勝手なことをやっていた。
いつか、別のMMOでもいいので、こういった海外交流もまたやりたいなと思っている。


関係ないけど、私のMMOを始めたきっかけのマンガです。

ROBINのまんがコーナー

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地震って何?と、一ヶ月前まではそう思ってた。

一ヶ月前までの私は、地震?はっ!何それ!、と地震をなめてた。
地震来たら逃げればいいではないか。
机の下に隠れればいいんでないか?本当にそう思ってた。
しかし、それは大きな思い違いであった。

一ヶ月前位、福岡で大きな地震があった。私はまさに、その地震に遭遇した。
最初は、なんか揺れてるな、もしかしたら私は病気で倒れる寸前なのか?などと呑気に構えてた。その約2秒後、突然地鳴りとともに地球が大きく揺れていた。これは誇張でもなんでもない。正しく地球が揺れているのだ。地震なんてレベルじゃない。地球が壊れる!私はそう思った。

約5秒後、少々冷静になり、もしかしたら隕石が墜落したのか?まさか飛行機事故、いや、核ミサイルだ!と頭の中で瞬時に判断し、いつか来るであろう爆風に備え、気を引き締めた。ここでの私は、地震という言葉はまったく頭に入っていない。地震なんてものじゃない、もっと恐ろしいことが起きたのだ、本当にそう思っていた。約30秒後、地球の揺れは収まった。ここで初めて私の頭に地震だ!とようやく閃いたのだ。

私はこのような大規模な地震に遭遇した事が無く、2,3日はショック状態だった。余震が来るたびに、本当に泣いていた。
「もう勘弁して」
と、呟きながら……

さて、昨日の朝の地震だが、またあの恐怖を味わった。今回はもう地震に慣れてしまったせいか、マンションが壊れませんようにと静かに祈って地震をやり過ごした。慣れって恐ろしい。
でも、やっぱり泣き虫の私は泣いてしまった。
「もう、一ヶ月も経つのに勘弁してくれないの?」
睡魔が襲ってくる
今日はすごく眠かった。おかげで仕事がはかどらないったらありゃしない。

カオスエイジまで、まだ後一時間ほど余裕がある。私は「ドリームシアター、メトロポリス2 シーンス フロム ア メモリー」をPCにセットしリアルプレイヤーで再生する。いわゆるプログレという音楽だ。
「たしかこのバンドのヴォーカルは最近変わったんだよな」と、頭の中にふと思い出す。
といっても、変わったのは数年前の話だが。
私の頭の中では、このプログレにはまった時期、いわゆる五年前から、プログレに関する時間は止まっている。俗に言う興味をなくした、または忙しくて忘れていたとも言える。

シーン1が過ぎ、次第に激しくなるビート。ヴォーカルなしでも十分通じるインストゥルメンタル。そしてヴォーカルが加わりシーン2のストレンジデジャブに入る。
先ほど淹れたコーヒーをちびちびと熱さをこらえてすすりながらタイピングをする。
ああ、なんて極上のひと時だろうか。願わくばこの時間が永遠に続けばいいのにとさえ思う。
そして、このひと時が訪れる十二時間前を思い出し、すこし気分が滅入る。

今から十二時間前、私は眠さの境地に居た。死神に意識を刈り取られるように、さっきまでPCに目を向けていたはずが、気がつくと顔と机が数センチの距離になっていたりした。それを何度も何度も繰り返し行っており、いわゆるコックリコックリという奴だ、さすがに私の横に座る上司の目が厳しかった気もする。
「今私は寝てはいけない。起きなければ」と心の中でそう思っていても、
やはり死神の鎌には勝てず、意識を飛ばされてしまう。

この死神の鎌に対抗する手段として、私は以下の方法をよく使う。
1.外の喫煙所にタバコを吸いに行く。
2.喫煙所で伸びをする(気を失うくらい)
3.トイレに行く
4.トイレで伸びをする(気を失うくらい)
5.外にジュースを買う

ただし、この方法も頻繁に使用すると上司に気付かれてしまうため各最短で30分の間隔を置いて使用しなければならない。そしてこの30分というのが曲者なのである。
実際に上記の方法を使用して席に戻っても
「気分爽快!さあ、バリバリ働くぞ!おれって天才!」とはならないことが60パーセントである。
方法の効果なく、またコックリコックリしてしまうのだ。今日はそれが六回ほどあった。しかも3ラウンドくらいだ。
当然こんな状態では仕事は手につかない。気がつくとエクセルのセルに
「sssssssssssssssssssssss」という文字列が大量にあるのを発見して落ち込むのはざらだ。

さて翻ってみるに、いまのカオスエイジの待ち時間は眠くない。なぜだろうか。私はぬるくなったコーヒーを一気に飲み、
「さあカオスエイジの始まりだ!」と気合を入れた。
震度4
また地震が来た。

もうね、嫌だ。まだ手が震えてる。
ちょうど寝ようとして「空手小公子小日向海流」読みつつ、うとうとしていたところだった。

…もう眠れん。地震の馬鹿!
引越しのため、しばらく休業…
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引越し完了!
ようやく引越しが完了した。疲れた。
会社の言いなりになって転勤して本当に良かったのだろうか…

久々に、この過疎ブログへのアクセス数を見ますと、なんといつもの三倍の方が来られていました。
WoW覚書(WoWリンク)さんに登録したおかげさまです。

お見えになられた皆様、あまり見所の無い過疎ブログですが、どうぞよろしくお願いいたします。
あまりにも多忙…
人は一体何のために生きるのだろうか…
仕事?家族?趣味?

私の会社は今、決算とやらを迎えるにあたり大忙しである。私は忙しくなると鬱になる。
「一体私は何のためにこの世に生まれたのだろうか」
「私の適職はもっと別な場所にあるのではないだろうか」
そのようなことを悶々と繰り返し頭でリピートさせるものの一向にその答えは出ない。

生きるためには仕事をしないといけないのはわかるが、もっと楽な仕事があるように思える。
そう思ってリクナビを見ても、心ひきつけられる職はさっぱりだ。この世は不条理に満ち溢れているのだと痛感する。
とりあえず、盆休みを首を長くして待つのみである。

というわけで、私はいま非常に多忙を極め、WoWがあまりできません…。
転職しようかな…
ひこう


WoWの世界には、冒険が待っている。
しかし現実には、会社で仕事が待っている…鬱だ死のう
ゲームタイムを求めて三千里
私はいつものように、WoWにログインしようとした。
しかし、なぜかログインが出来なかった。
ゲームタイムが切れていたのだ。

家を出ると、生暖かい熱風が私を襲う。隣の工場からは悪臭が漂い、私の気分を著しく害する。
「やれやれ、なんでこのようなことになったのだろう」と私は、さも自分が悪くない、そうゆう意味合いで独り言を言った。
そもそもは、私が悪いのである。ゲームタイムが切れることにまったく気を止めてなかったからだ。

しかし、このような情報は、運営会社から
「お客様のゲームタイムが切れかかってますよ」
と一言あってもいい気がする。
ともかく私はゲームタイム(以下GTと略)を購入する必要があった。

さて、私はWoWにはまっているため、通販などの時間の掛かるものは現在出来るだけ避けたい。本日中にGTを購入することが最も望ましい。
では何処で売っているだろうか?
私の脳裏には、大きなパソコンショップなら売っているのではないか、そうゆう考えが閃いた。
そして私の家の近くにあるパソコンショップを総当りで行くことにした。

「日本橋」
そこは、大阪の電気街と呼ばれる場所である。関東で言うと「秋葉原」と呼ばれる場所と似たようなものらしい。
私は大阪は最近引っ越してきたばかりで、地理にはまったく不案内である。
さっそく地図を見ると、「なんば」と呼ばれる場所から若干東に行った所にある。
私は早速愛用の自転車を駆り、一路なんば方面へと疾走した。

「筋」
大阪には筋と呼ばれる道が沢山ある。有名なのは御堂筋とよばれるもので、梅田となんばを結んでいる。その御堂筋の隣の筋が「堺筋」と呼ばれる道で、日本橋はその堺筋に位置している。筋は市内を縦断方向に走っているのが一般的のようだ。
私はまず自分の住んでいる場所から「中央大通り」という市内を横断する通りへと出、そこから東へと向かい御堂筋を通り抜けて堺筋に辿り着いた。そしてその堺筋を南へと向かい、順調に日本橋へと辿り着いた。

私は日本橋について、期待をしていた。西日本最大級の電気街と言う触れ込み、パソコンソフトなら何でも揃っている。つまり地方の書店と紀伊国屋書店との差は位あるのだろう。そしてそこならきっとWoWがあるに違いない。そして私の未知なるいろいろなものが揃っている。と、思っていた。それは後に誤りであったことに気付くのはそれほど時間は掛からなかった。

私は早速、日本橋においてWoWが置いてありそうな店を虱潰しに歩いた。基本的な印象は、日本橋と呼ばれる場所は小商店の集合体といったものであった。つまり書店で言うなら、小規模な書店が沢山あるといった感じだ。小規模な書店と言うと売れ筋の本や週刊誌などしか置いてなく、実用書はごくごく限られたものしか置いてない。そして小規模書店は一概にその商品のラインナップは同じである。
これが日本橋においても当てはめられる。つまり、店は沢山あるが、その商品の奥深さはそれほどないということである。
ここは安いものを買いたいときに、様々な店を回り、その商品を選択する。そういった買い物には適しているが、私のようにマイナーな商品を買うことに関してはあまり向いていない。そう感じた。

むせ返るような熱気、辺りに流れる六甲おろし、空き缶を集める浮浪者、どこか小便の匂いの混じった空気、人の話す言語は関西弁。
そのような異国情緒に溢れた日本橋を私はひたすら走り続け、丁寧に虱つぶしを行った。
最後の店(エロアニメが沢山売っていある所…)を巡り終え、私は失意のどん底に陥った。PCゲームと書いてはあるものの、実際に売っているのはエロPCゲームばかり、しかもそのような店が五件ほど。もう私は日本橋を見限ることに決定した。
「私は一体何故このような場所にいるのだろうか」そのような疑問を頭に残しつつ、私はなんばを離れた。

最後の一抹の望みとして、梅田のパソコン屋を覗いたが、やはりそこには私の欲しいものはなく、「イース」のゲームのみがうず高く積まれていた。
ん?イースだと!
懐かしい名である。パッケージをよく見てみると、どうやら「ワンダラーズフロムイース」の焼き直しバージョンのようであった。

以上の結果より、私は大阪においてWOWのGTを買うことが出来なかった。
従って通販により購入することになる。やれやれ。
と言うわけで、しばらくの間、ログインできません… orz
絢爛舞踏祭
滝川がいた。田代がいた。
このゲームには、あの頃の匂いが漂っている気がした。

私が学生の頃、「ガンパレードマーチ」なるゲームがプレイステーションより販売された。売り上げは50万本と、その時期にしてはそこそこ売れたゲームであった。
すでに家庭用ゲームは斜陽を迎えている時代でもあった。ゲーム雑誌でもそれほど大きく取り上げられることも無く、よくある平凡なゲームとして、紹介されていた。
しかし、おそらくゲーム雑誌社の意向としては大作ゲームによりページを割きたい方針がある中で、そのガンパレードマーチの記事をかいた記者が僅かなページの中で書いた熱意が、私にひしひしと伝わってきた。

私はこの熱意に動かされ、発売日当日にこのゲームを購入した。
期待は半分程度も持っておらず、今までの経験からも余りよい結果にはならないだろうと踏んでいた。
さて、まずプレイステーションを起動すると、まもなくオープニングが始まった。
第一印象は、ムービーがしょぼい、であった。
だがしかし、私がしょぼいと思ったのはそれっきりであった。

次第にプレイを続けていくたびに、私は段々とこのゲームにのめり込んでしまった。
良くわからないが筋の通った世界の謎、自分の選択により周りのNPC達が様々な感情を持つこと、最初はしょぼいと思った戦闘が、実はやり込めばかなりの合理的でかつ、戦術的に面白い事。そして、自分の行動が世界の歴史を左右する事。
そのような、ゲームに不可欠と思われるパズルのピースがうまく当てはまったような、そのような面白いゲームであった。

私が最も盛り上がったのは、
「熊本城でのヒロイン(ヒーロー?)を救出する作戦」であった。
パッと見ではどのようにしてもクリア不可能な戦闘である。しかし実際にやってみると、それが思い違いであることに気が付く。
一度負けたら、次はこのようにして戦ってみよう。ここはこうしたら良いのではないか。
戦闘を重ねて負け戦となるたびに、戦術が組みあがっていき(プレイヤースキルの向上)、現実にそれが良い方向になっていく。
ようは、何度か死んで攻略法を見つけろ!そうゆう昔のゲームにあった面白さ、それがこのガンパレードマーチにはあった。

そのようなゲームの続編が、実は出ている。
「絢爛舞踏祭」
それが続編らしい。
WoWから弾き出された私は、懐かしさも相まって、このゲームをやってみた。
ちょびっとしかゲームはやっていないが、このゲームからもそのようなガンパレードマーチから漂っていた「匂い」を、私は読み取った。
さすがに学生の頃とは違い、時間的に遊ぶ余裕が無いが、少なくともドラクエやFFよりも私は好きになれそうな気がする。

ちなみに、このアルファシステムが良く使う「絢爛舞踏」とは、
まるで豪華絢爛な舞踏を行っているかのごとく、その彼の敵を蹂躙するもの。そしてその存在の意思を貫き通し、あらゆる戦略、戦術を駆使し現実とするもの。
まあ救世主?のようなものらしい。

壱社会人となった私からすると、馬鹿げた荒唐無稽の話だな、で済ませていしまう所だが、実際に不可能を可能とする、そのような行動は実は出来なさそうで出来るものである。
「前を向いて歩こう、もちろん頭を使って」
多分そうすれば、みんなうまくいくような感じだろう。


絢爛舞踏祭公式ページ


アルファシステムのページ

時計の針は、十二時を過ぎていた。
仕事で疲れ切り、家の扉の前で動かなくなってしまいそうな体を引きずり、ようやく帰宅する。
辺りはひっそりと静まり返り、今が深夜であることを私に教えてくれる。
家の扉を空けると、ゴミ袋があった。そうだ、今日はゴミの日だった。朝、捨てるのを忘れたらしい。
私はゴミ袋を玄関の脇にどけ、重い調子で中に入っていった。

遅い夕ご飯であるコンビニの弁当を無造作に机に置き、そして電子レンジに放り込む。唸り声を上げながら電子レンジが弁当を温めだす。私はその間に、汗をかいて匂いが漂いかけているシャツをぬぎ、洗濯機に投げ込む。そして夜中過ぎにもかかわらず、おもむろに洗濯機のスイッチをいれ、轟音を発しながら洗濯機が今日の仕事の疲れを洗い落としてくれるかのように回りだす。

電子レンジが弁当を温め終わったというサインを発し、私はその弁当を手に下げ、冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、パソコンの前に座る。そして弁当を食べつつ、パソコンのスイッチを入れる。
「やれやれ」
私は、重いため息をつく。

テレビをつけると、何かの陸上競技が行われているようだ。私はテレビにはまったく気にも留めず、空腹を癒すために弁当を貪り食う。もはや味覚に訴えかけるような味はしない。ただ、食物を摂取する、それだけのことである。

さて、どうしたものか。
食事を取り終え、PCも既にウォームアップは完了している。
おもむろにWoWのショートカットをダブルクリックし、起動させる。
パソコンがゴリゴリと音を立て、そしてグラフィックボードのファンがまるで扇風機のごとく風を切る音を発する。
そしてWoWにログインしようとすると、やはりログインは叶わず、私の儚い希望が無駄に散った事を知らせる。

時間がちょっとだけ余った。そういえば、読みかけの小説があったことを私は思い出す。
「海辺のカフカ」
村上春樹の小説だ。
ちょうど最後の一小節を残して私は読むのをやめていた。
たまには小説を読むのも悪くない。
私はそう思い、本を読み始めた。

村上春樹といえば、ノルウェーの森である。
私が中学生の頃、家になぜかこの本が置いてあった。その頃の私は、ビートルズ大好きっ子であり、やはりビートルズのノルウェイの森が大のお気に入りの音楽でもあった。
「きっとこの本にも、ビートルズの事が書いてあるに違いない」と、なにか確信めいたものを私はその当時にもって、その小説を読み始めた。
小説の中身は、当時の私には余りにも「大人」過ぎて、面白いというよりも、そのドロドロした世界に、恐怖を与えられた。それでもいつかはビートルズが出てくるに違いない、私はそう思って最後まで読んでみたものの、ビートルズはさっぱり出てこなかった。
いや、なにかおばさんがギターでノルウェイの森を弾く下りがあったようにも思える。

それから長い年月が過ぎ、私は再び村上春樹の本を読み始めている。しかし、このノルウェイの森だけは、当時のトラウマからか、一向に見ようと思う気がしない。
最短3日?!
最近は、夜になっても気温が下がらず、これが熱帯夜かと感心してしまうほどの蒸し暑さの中、帰宅途中のスーパーで購入した16ロール入りのトイレットペーパーを小脇に抱え、家路に着いた。
マンションの入り口には煌々とした蛍光灯の光に群れる蚊がおり、私の気分をげんなりさせる。
その蚊達に、こっちを見るなよ、こっちに来るなよ、と独り言を言いながら、マンションのエントランスに入っていった。
私の住むマンションは、オートロックなどいう洒落たものは付いておらず、誰でも気楽に入れて部屋の玄関前まで来れるという何ともフリーな構造である。ありていに言えば、安物マンションというべきだろうか。
とりあえず、その蚊に包まれた明かりの下に、このマンションの住人達用郵便受けがある。当然のことながらこの安物マンションの住人である私の郵便受けもそこにある。そしてその郵便受けは100個はあるだろうかと思うくらい蜂の巣のごとく並んでいる。
ふと見ると、怪しげな男がそれらの郵便受けに何か突っ込んでいっているようだ。どうやら何かのチラシを入れている様子である。
「こんばんわっす…」
と、その男はまるで盗みの現場を見られたかのごとく、おどおどと挨拶の言葉をかけてきた。
私はそれに対し返事をせず、無言で我が郵便受けの前に立った。
私はこの郵便受けにあるものが入っていることを期待していた。
何日も、
何週間も、
私はずーっと待ち続けていた。
まるで大学の受験合格通知がそこに入っていることを期待するかのごとく。
そして私は郵便受けを開けた。
そこに入っていたのは、大量の蚊の死体と、デリヘルのチラシ三枚と、なにやら怪しげな宗教勧誘パンフレットと、家を買いませんか?という広告のみであった。
ふと先ほどの男を見てみると、彼の腕には「家を買いませんか?」というチラシが沢山抱えられていた。
やれやれ…



さて、私が待っているのは何かというと、
「クレジットカード」
である。
なぜクレジットカードを待っているかというと、それはWoWのキャラクターを別のサーバーに移動させるために必要となるからである。つまりクレジットカードがないと、キャラクター移動の申請を受け付けてくれないからだ。
私は今までゲームタイムで課金をしており、クレジットカードは一切使用したことが無かった。いやそればかりかクレジットカードすら作ったことがなく、作ろうともしなかった。特にあったからといって不便は無かったからである。
このような流れで、私はクレジットカードを持っていなかったことから、諸事情によりなんとか手に入れる必要性がでてきた。
ん?ちょっとまてよ、クレジットカードってどうやって作るのだ?


インターネットは大変便利である。
ちょっとした調べものでも、ちゃちゃっと検索をかければすぐ知りたい情報が見つかる。
早速クレジットカードについて調べてみると、どうやら最短3日でクレジットカードが作れるという会社を発見した。
最短3日なら、まあ遅くても一週間で出来るかな、と私はその時思っていた。
いや、どう考えても最短3日ならそれぐらいの日数しか連想出来ないと思う、いや出来ないはずだ。


さて、応募したときから2週間と半分が過ぎた。日数にすれば20日程度だろうか。
それは今だ何の音沙汰も来ない。
審査が通ったどうかさえ、連絡が来ない。
もしかして審査に落ちたのか?
一体何があったのだ??
ああ、私はいつまで待てばいいのだろうか…
冒険とは一体何ぞや
私は冒険が好きだ。
いや、冒険というものに憧れているといったほうが正しいかもしれない。
それは私がつまらない日常を繰り返し味わってきた事への反動かもしれない。
もしかすると一般的な人の中における絶対的評価では面白い人生だったのかもしれないが、私自身が絶対的評価の面白さを反復した所為で、その面白さすら退屈と感じているのかもしれない。
こういったものは、失って初めて気付くものであり、ふと無くした時にじわじわと後悔をするものだ。

それはさておき、冒険小説などを読むと、心の奥深くに眠っている冒険心をくすぐられる。
中学生か高校生の頃に、友達から「ロードス島戦記」や「フォーチュンクエスト」なる小説を借り、こんな世界で冒険できたらなんて面白そうなんだろう、とよく思っていたものだ。
そこに出て来る人たちは、生き生きとしており、自分達の住む日常とは異なった法則のある世界で、自分達の住む世界とは異なる非日常的な活躍をしている。
なんて新鮮で魅力的な事だろうか。そんな冒険を私もやりたい、と思う事はおかしいはずが無い。

ノンフィクションものでは、イギリスの探検家「スウェン・ヘディン」の探検記(さまよえる湖に関するもの)が好きだった。
こちらはまた非常に現実的な探検記もので、中央アジアの謎の湖について調査を行った記録ではあるが、中身は非常に日記?に近く、読んでて眠くなるような代物でありはっきりいうと面白くない。あまりにも学術的な見地で書かれたものだったからである。
当然ドラゴンやお姫様などは出ず、ただ淡々と地形の調査を行った等の記録が記されているだけだ。
しかし、そこには現地民との温かい交流や揉め事、渡河の為のボートの調達方法、などの事細かな記録があり、それがあまりにもリアリティに溢れていたため私はなぜか好きだった。

とまあ、こんな感じで私の冒険に対する執着心はかなりのものがあった。
社会人になってからは、それはゲームの中でしか見出せなくなってしまったが、いずれどこかの奥地に探検に行きたいとは思っていたりする。




そんな私に、とあるMMOの情報が入る。
「Vanguard: Saga of Heroes」 だ。

「Vanguard Trailer」


どうも最近にわかに注目を集めているMMOのようである。
EQ1を作った人が、どうもこのVanguardを製作しているようだ。
しかし私にとってはこのことはどうでも良いことだ。
私が非常に興味を引かれるのは「家」と「船」をどうも持てると言う事だ!

「Vanguard Housing」



大金を払って手に入れた小さな船で、大海原に漕ぎ出していく…
そこにはまだ見ぬ未知の世界が延々と横たわっており、限りない冒険がそこで私を待っている…
突如現れる海賊、そして海戦!
果ては襲い掛かってくる巨大なタコ!
ああ、よだれが出る位私が欲しかったものだ。

あるいは有り金をすべて使い果し、そこらの土地を使って家を建てる。
もちろん家を作ったら引きこもり、生活費だけを稼ぐ一日を過ごす…
なんて魅力的だろうか…

なんて言うか、非常にこのゲームに期待している。
もうわくわくしすぎてどうしようもないほどに…
年内サービス開始というが、本当だろうか。

冒険の日々よ、再び…
地球を冒険せよ!
この世はなんてつまらないんだろう、退屈極まりない。
つい三時間くらい前に、MUSEのABSOLUTIONを聞きながら、そのうねうねと鬱屈したような旋律を耳に感じつつ、そう思っていた。

ふと、とあるインターネットのサイトを気ままに見ていたところ、とある衛星写真を見て、この世界にも謎が沢山あるんだなと感じさせられた。
謎というより、自分自身の無知ということなのだろうが、それでも何も知らない自分にとっては謎だ。


以下のリンク先は、とあるサイトから知った、googleのmap機能から見れる衛星画像である。
本当は画像自体を貼り付けたいのだが、なんか使用許諾書出さないといけないとか面倒みたいなので、リンクでご容赦を…


「六芳星の地上絵」
場所はラスベガスの北東200kmの山中に位置する。近くにはデスバレーという観光名所があるようだ。一体これは何なんだろうか?
なにかの宗教儀式だろうか?
六芳星をインターネットで検索すると、どうやらユダヤ教関係らしい。
謎は深まるばかりだ。


「アメリカンな農業方法」
日本人が農業といったら、農家の人がトラクターなんかで20m×20m位の農地を耕して、米を作るような感じだが、アメリカは違う。
米ではなく、恐らく小麦か何かだろうか、その規模の違いに驚かされる。
センターピボット方式と呼ばれる灌漑システムの様だ。直径約1kmの円がびっしり詰まっており、そこから一体どれほどの農作物が収穫できるのだろうか…
ここで作られた小麦が、そこらのコンビニにパンとなって並んでいるのだろうか…


これらの画像を見ていると、自分の地球に対する小ささ、自分の活動する範囲の微小さを思い知らされる。

そんな小さい人間ではあるものの、正確なまでの測量技術と、幾何学的に道路や建物を作る実行力、それらをまざまざと見せ付けられる。そしてそれは宇宙から綺麗に見えるものなのだ。



googleでは、なかなか面白い機能やソフトを無料で公開しているみたいで、大変面白い。
もし、興味のある方は、以下のリンク先を参照くださいませ。

「Google Earth」
インストールが必要なソフトフェア。3D機能付き!!
自分の家まではっきりと見える…

「googleマップ」
こっちはブラウザで見れるタイプ
この記事にリンクを貼り付けているのが、この「googleマップ」である。

たまにはCDのレビューを
「In The Court Of The Crimson King / King Crimson」
In The Court Of The Crimson King







もしかしたら、私は私の気付かない間に、病んでいるのかもしれない。
とあるアルバムを深夜の1時に聞きながら、私は泣き出した。



何気なく過ごす凡庸な日々は、私の中の大事な何かをほんの少しずつ削り取って行き、その緩慢な怠惰の下り坂に私は気付かず、ゆっくりと、ゆっくりと何かを失い続ける。
私は無力、無力だ。



今、私は「In The Court Of The Crimson King / King Crimson」を聞きながらこの文章を書いている。
この文章を書いている最中でも、後一歩で気が狂いそうになる。
胸の中に溜め込んでいる、いろんな考えや悩み事がぐつぐつと煮えたぎっているのがわかる。
私の中の嫌な意味でのもやもやが一気にふくらみ、ぐるぐる回り、そして消化不良の胃のようにわだかまる。
それは決して爆発せず、ただ漫然とそこにあり、私を苦しめる。
次第に感情が高まり過ぎ、実はちょっと泣いてしまった。

学生の頃にこのアルバムを買って聞いたときは、そんなことはまったく無かった。
いくらか年を取って聞き始めたらこの様である。これは私が年齢的に弱くなったからか、精神的に弱くなったからか、はたまた社会に対していろんな意味で不満を抱いてきたからだろうか。




それはともかく、これは音楽なのか?
音楽を聴くことがこんなにつらいのか?
たまたまこのアルバムが「プログレッシヴ・ロック」の代表作と言うのを思い出し、久々に段ボール箱から取り出したわけだがこの様である。
そんなこんなで、冒頭のように無様な感傷に浸ってしまった次第だ。

まあ、こんな思いをさせるからこそ名作なんだろうが…
続けて二度聞くことは、私には出来ない。
















っていうか、最近ゲームの話題から逸れまくっている。
しかもネタが暗いし…
なにかいいゲームでも探さねば。
生活環境の改善
普段使用していた座椅子が、壊れた。
安物座椅子だったためか、2年くらいでだめになったようだ。
まさしく、安物買いの銭失いとはこのことだ。
そうだ、じゃあ高級品を買ったらいいんじゃないか?
耐久性があって、ずーっと座っていても疲れず、そんな椅子があってもいいはずだ。
そうだ、ついでに今の生活環境も改善しよう!
胡坐を掻いて座椅子に座るのは疲れる。
ならば、普通の椅子なら疲れないではないか?
普通の椅子を買うならば、新しいPCデスクも必要だ。
こうなったら全部一気に揃えたほうがいいな、そう私は結論に達し、
そして私は近くのホームセンターへと向かった。

ホームセンターへと着いた私は、早速机と椅子が売ってあるコーナーへと向かった。
そうだな、デスクは会社で使っているようなものが良いかな。頑丈な奴が望ましい。
椅子もそうだな、頑丈そうな奴が良いな。
そう思って売り場に着いた私を待っていたのは、

○貧弱なフレームをしたパソコンラック(8000円)
いかにもマウスをちょびっと動かすだけでぐらぐら揺れそうな代物…っていうか今現在自分が使っているものだがw

○展示されているもの自体が既に壊れている椅子(3000〜8000円)
革張りの分際で6000円、やけに安いと製造国を見たら中国製。すでに展示されている時点でキャスターや背面のカバーらしきものが壊れているのが大きなマイナスポイント。展示されているのが壊れてたらダメだろ普通…


というより、売り場全体が中国製のものばかり。安いのは安いが、なんかすぐ壊れそうで買う気がしない。しかもラインナップがひどく粗末そのもの。ここで買うのはまさしく安物買いの銭失いだ…
もう通販で買ったほうがましじゃないのか?と思ってきた。
こうやって小売業はダメになっていくのか…



さて、ネットでいろいろ情報を整理した結果、以下のものがどうやら良い感じのようだ。

■PCデスク(がっちりしたもの)
http://item.rakuten.co.jp/gekiyasukaguya/widedesk_150_tanpin/
1.5万円
まあまあの値段、これくらいならまあ買っても良いかも。30kgの荷重に対し安全だとか?

■PCチェアー高級品??(耐久性があり、疲れないもの)
http://www.rakuten.co.jp/ms/100193/137897/
7.5万円…なんでこんなに高いのか??
近くのホームセンターだと5000円だったのに。
高すぎで却下。

■PCチェアー(耐久性がありそうで、疲れなさそうなもの)
http://www.rakuten.co.jp/ms/100193/130142/
3.7万…まあ出せないことも無い金額か…


PCデスクはまあ安くていいのがあるようだが、PCチェアーについてはどうも千差万別のようだ。
高い奴は10万を超え、安いのは5000円以下のものがある。
その差は一体何なのだろう??

高いものの特徴は、どうやらブランド品?かもしれない。
ブランド自体に価値があるため、高いようだ。
よくわからないけど、人間工学なんかに基づいているのだろう、多分。

中くらいのものは、多分ブランド品の廉価版だ。オフィス用に違いない、多分。
そこそこ人間工学に基づいてそうだ。しかもオフィス用だから耐久性はばっちりだろう。

廉価品については、どうなんだろう…
なんとなく、ブランド品の外見のみを真似ているだけの様な気もする。
すくなくとも、ホームセンターに在ったのはまさしくこのタイプで、中国製。
コストを切り詰めまくったのだろうな、ということが推察される。
外見では見えないところでコストを切りまくった分、いざ使い出したら不具合だらけかもしれない…


まあ、自分は中くらいの品物で十分だ、椅子については。
残りの生活環境改善項目としては、テレビの購入が控えているが、これはしばらく見送ろう。
あまりテレビは見ないからな…最近。
「The Elder Scrolls IV: Oblivion」
新たなる冒険の旅が、ようやくこの私に訪れる。
廃スペックなPCが今週末届くからである。
このPCにより、表記の「The Elder Scrolls IV: Oblivion」がおもしろおかしく遊べるはずだからである。

今、私は風邪を引いていて咳のしすぎで横隔膜が痛く、熱が37.5度あり、めちゃめちゃ苦しいが、なんとか今週末までに治さなければ…

ああ、どれだけ綺麗で滑らかな動きをしてくれるのだろうか…ぼーっとする頭で、その遊べる日をにやにやしながら待つとしよう。
oblivionのキャラ
名前はSandal、サンダルです。
種族はOrc、そしてwar。

かっこいい…英語で言うとクールだ。
風にそよぐ草原に立ち、彼は何を想うのだろうか。

sobaorc

帝都 その1
皇帝の鎮座する都、それが帝都である。
帝都には当然、帝国陸軍軍人が居て怪しげな魔術を行っているに違いない。
私はそう思っていた。
しかし、現実と予想は大きく異なるものだ。そこはファンタジックな光景の広がる町並みであった。

帝都への門の前で、その帝都上空を見ると巨大な塔が大きくそそり立っている。そそり立っているという表現はなにかいやらしい響きだ…
この塔は一体何の為にこのような高さが必要なのだろうか。
考えられるのは外敵の進入を事前に察知するための物見塔。
あるいは、望まれない皇帝の子供を幽閉するための座敷牢のような塔。
異民族に対し、我々の技術は物凄いものだぞという誇示のための塔。
はるか遠くまで大砲の弾を撃ち込めるようにした塔。
まあ、どれにしても高い塔だ。
こんな巨石積みの塔なら、地震が来たら一発で崩れるだろうな、と余計な詮索をしてしまうほどでかい。
帝都入り口




大きな塔を見上げながら、私は帝都へと足を踏み入れた。
帝都の内部は、町が広がっている。
そこには一般の市民が住んでおり、商業区が広がっていた。
城壁に囲まれた内部に町が存在することから、よほど異民族からの攻撃を受け続けていたのであろうことが想像される。
すなわち、異民族は略奪と破壊を行う凶暴な集団であり、それから町を守るため、そして皇帝を守るために大げさな城壁を作ったのであろう。


町並みは、石畳の道路に、整然と家屋が立ち並んでいる。
まるできっちり都市計画されたかのような区画の中に、商店などが入っている。
至る所に線対称な区画が存在し、自分がどこにいるか迷ってしまうほどである。
町の中にはポスターなども貼られており、生活感が出ている。
しかし、様々な家の中を見たがトイレは無い様だ。
昔の中世ヨーロッパの人間は、うんこを窓から投げ捨てていたため、トイレは無い。という話を聞いたことがあるので、それを反映させているのであろうか…だとしたら道端は非常に不衛生的のような気もしてきた。
アリーナ看板



おっと話がおかしな方向に行きだした。ここで私は町人にいろんな情報を聞き、どうやら悪徳商人を懲らしめろというクエストを受けたようであった。
早速悪徳商人に会いに行くと、なめた態度をとられた。
悪徳商人

頭にきたので、私はすぐさま抜刀し、悪徳商人に斬りかかった。
私の一撃をかろうじて耐えた奴は、店を放り出し、脱兎のように外へと逃げ出した。
やばい、表に出られるとまずい。
そう思った私はすぐさま追いかけたが、まんまと逃げられた。
そして奴の通報を受けたガードが私の前にやってきて、私を再度あの暗くじめじめとした牢獄へと連行した…
牢屋




まあ、人斬りは良くないということのようである。



061203地図




帝都その2、天高くそびえ立つ塔
高い塔は良い。
はるか遠くの場所が見渡せられる。
そして、はるか遠くの場所からその塔を発見しやすい。
なにより、よい目印となる。
地理に疎い街の路地を歩き、道に迷い、途方にくれたとき、
ふと顔を上げると、そこには高い塔がそびえ立ち、
頭の中の蜘蛛の巣がふわっと取れるがごとく、自分の立つ位置を理解させてくれる。
進むべき道を導いてくれる先導者とも言えるだろう。

しかし、同時に塔は怖いものでもある。
私は高いところが苦手だ。
会社のビルの屋上から下を覗いたとき、
むき出しになった非常階段から下を覗いたとき、
私はまるで貧血のお姫様のごとく「ふっ」とその場に崩れそうになる。
文字通り崩れるのだ。足腰が立たなくなる。
よく、高層ビルの建設現場で作業をするクレーンなどをよく見かけるが、あんなものに乗って作業を行う方を見るたびに、正気の沙汰ではない、そう思うこともしばしばである。


まあそれはともかく、Oblivionの最初の街である「帝都」には非常に高い塔が存在する。
帝都の塔

非常に高いとはいっても、中世の構造物としては高い部類であり、現代の塔などとは比肩にならないが、まあ重機などを使わないでよく立てられたものだと感心する位は高いといったほうが正しいかもしれない。
そしてその塔の周囲には、特に高い構造物もないためか、帝都イコール塔としても過言ではない。

そこに塔がある以上、そこは必ず登らなければならない。そして周囲の景色を確かめなければならない。
これはRPG全般に言える普遍的なルールである。
逆に言えば、登れない塔は、塔ではない。
ただの構造物だ。そこにあるようで、実はないという、実体性のない塔だ。
と、わけのわからない理念を訴えたくなるほど、私はそこに登らなければならないという使命を感じていたのは事実だ。


早速、塔の麓にいき、もしかしたらガードに阻まれるかも、あるいは不法に鍵を壊さなければならないのか、と思って居た所、塔の内部には特に問題なく潜入することが出来た。
塔の内部は意外に広く、どうやら元老院という機関が存在するらしい。
というより、もしかしてここは皇帝が住む場所なのか?
という疑念も沸いてきた。
そういわれると、普通皇帝などの重要人物の住む城が、この街に存在しないことに気付いた。
そして、この帝都の中にはこの塔の他に皇帝の住めるような場所はない。
これらのことから総合的に判断すると、この塔は皇帝の居城だ、という結論に達した。
ってことは、もしかして塔のてっぺん付近には皇帝の居住部屋などの重要施設があって、入れないのではないだろうか、と恐るべき疑念に駆られた。

結果的に、塔の中を歩けるだけ歩いた私の目の前に現れた現実は、
「塔のてっぺんには登れず、そこからの景色が眺められない…」
という、非情な結末であった。




061206地図





帝都その3 The ARENA
闘技場、そこはいわゆる剣闘士達がその技を競い、殺しあう場所である。
ポスターアリーナ

パンとサーカスのうちの、サーカスの部分だ。
そしてその剣闘士達はいわゆる奴隷で「剣奴」かもしれない。
帝国市民はその闘技場に行き、終日繰り広げられる血生臭い戦いに狂喜しているに違いない。
だがその狂喜は、ある日恐怖に取ってかわられることとなる。
引き起こされる剣奴の叛乱、虐殺される一般市民、剣奴の卓越した殺しの技術により屠られる街のガード。そしてスパルタカスのようにローマから逃亡するのだ…

だがしかし、剣奴達を待ち受ける運命は、絶望のみ。
迫りくるローマの大軍。日々募る仲間同士の不満。食料不足。
あらゆる要素が彼の行く手をさえぎり、ただ全滅の時だけが近づいてくる。
彼等の求めているのは「自由」。ただそれだけなのに…
天国なんて、この世には存在しないのではないか?
今まさに、この瞬間こそ地獄ではないのだろうか?
希望とは一体なんだ?
そして未来とは?
そもそも我々の生きる理由とは何なんだ?


とまあ、妄想はさておき、実際のところこの帝都は古代ローマをモチーフにしている気もしないでもない。
奴隷自体は居ないようだが、似たような境遇の者達は居るようである。
さて、アリーナ自体の構造であるが、古代ローマのコロッセオのような壮大で華美な建築様式ではない。
コロッセオはアーチ型の形状を基本とし、その構造特性を駆使した石造りをしており、ローマ(ギリシャかな?)の建築技術の粋を集めたものとなっている。
それに対しこのアリーナは、基礎と柱の部分は石造りとなっているが、壁部分は木造となっている。また大きさ自体もそれほど大きくはなく、本当に小規模なつくりでコロッセオなどとは比較の対象にも上がらないほど粗末なものである。
正面アリーナ

では古代ローマをモチーフにしていないではないか、という点もあるだろうが、そこは建築様式という観点ではなく、パンとサーカスの、サーカスという部分においてモチーフになっているといったほうが正しいだろう。
端的にいうと、中世ファンタジーでは、闘技場は欠かせない代物だ、ということだ。


まあ、闘技場がある以上、もう一つ欠かせないものがある。それはヒーロー的な剣闘士だ。これが居ないと話にならない。いや、このヒーロー的な剣闘士が居ないRPGは、見たことがないと言っても良いくらいだ。
案の定、闘技場の地下には、そのヒーローらしきオークのファイターが居た。
これで私が闘技場へ来た目的の半分は達したといえよう。
辮髪オーク


あとの残りの目的は、試合観戦だ。
とりあえず適当にお金を賭け、試合を観戦した。
アリーナの内部は思ったより人が少なく、まるでうらぶれて廃業寸前の第三セクターの公共施設のような印象を受ける。経営はうまく言っているのか??と、余計な心配をしてしまうほどに人が居ない。
さて、試合が始まると、思ったよりも迫力がないことに残念な気持ちであった。
まあ、ド派手なエフェクトが出ても、それはそれで興醒めだが、まあこんなものかと、無理やり自分を納得させる。
先頭アリーナ

ただ、やはりあまりにも退屈な試合なため、こうなったら自分も参戦するしかないかと、ふと思いついた。
そして客席から矢を番え、自分の賭けた相手の対戦相手めがけ、引き絞り、狙いを定める。
彼らはのそのそと戦っていたが、さすがに棒立ちで剣を振るっているわけでもなく、戦う位置は頻繁に移動しているため、狙いをつけるのが面倒であったが、彼らがふと動きを止めた瞬間、
まさに天が我に、この瞬間撃つべし!、と叫んだように聞こえたため、
私は躊躇なくその天の意を受けた矢を解き放った!
その矢は、まっすぐ相手に向かうと思われた瞬間、その矢は客席の欄干上部で
「カンッ」
と言う音を立ててはじき返された。
そう、客先の前面部には、見えないバリヤーが存在するようなのだ。
その後、何度か矢を放ったものの、やはりそのバリヤーに跳ね返されるようで、剣闘士たちの戦う場所に届くことはなかった。
加勢アリーナ


無念…








冒険の旅へ
辺りを穏やかなそよ風が吹いている。
足元に生える草は優しくなびき、
凪ぐ風に答えるかのように、木々はざわめき、
鳥は風に乗り、蝶のように飛び回る。
さえずる声は、辺りに響き渡り、その音は風に乗って遠くに運ばれる。
ふと、辺りを見渡すと、鹿の親子が楽しげに跳ね回っている。
鹿達は、私の存在に気がついた瞬間、脱兎のように逃げ出していく。
鹿達が逃げた先を見渡すと、そこには帝都の象徴的な尖塔が見える。
「私はこの世界に、ようやく足を踏み入れた」
と実感できた。
そう、私は帝都から冒険の旅に出たのだ。
帝都を望む



当面の目的地は、Chorrolである。
なんと読むのかよくわからない地名だ。
クロルか?チョロルか?
チョロルだと、なんかショパン(Chopin)をチョピンと呼んでいるような印象があるので、やはりクロルが正解かもしれない。
いや、ショパンの例で行けば、ショロルが正解なのだろうか…
行程






ものを書くということについて
このブログを開設して1年と半分が過ぎようとしている。
確かブログを始めたきっかけは、おもしろい文章とは何ぞや?という疑問に端を発している。

文章というのは、書けば書くほど、難しいと実感する。
自分の思っていること、伝えたいこと、そして理解してほしいこと。
それらを私はいまだにうまく表現することが出来ない。
一つの文章を練り上げて完成させた時、心の中では
「何かが違う、これが私の本当に伝えたい内容なのか?」
と、常に私の心に、何かが訴えかけてくる。

細かく物事を指定すると、それは本当に伝えたいことをぼやかしてしまい、
逆に大雑把に物事を捉えると、それは自分の伝えたいこと全てを満足させることが出来ない。
常にこの二者相反(確か英語でアンヴィヴァレンツだったか?)の苦悩に苛まれる。

これはものを書く際だけでなく、人との繋がり、あるいは仕事においても同じようなことがしばしばあり、なかなか的確な解決方法がまだ見出せていない。


そのようないろんな雑事を考えながら、では過去の偉大な名著と呼ばれる小説などは、一体どのような表現、あるいは構成を行って、それらの問題を解決してきたのか?
そんな感じで、最近は暇を持て余している事もあいまって、読書に励んでいる次第である。

村上春樹の本からまずはスタートしたが、この人は文章の表現がまた細かいこと細かいこと…
自分が文章を書く身になって読み出すと、その細かい描写や表現方法が驚くほど緻密で繊細で、
「スパゲティを茹でる」
という行為に何行も何行も労力を割いているのだ。
要約すれば一行で足りるのに、臨場感を出すため、または自分の知らない何かを表現するために、気を使って言葉を組み立てているのだ。

そしてその文章の構築を延々と、延々と行っているのだ。
自分が実際にその行為を行おうとすると、おそらく気が狂うだろう。
それほど、繊細なのだ。
天才と、変人は一歩違いとはよく言うものだな。と、つくづく思う。

だがしかし、慣れればどうって事もないような気もする。
時間をかけて、丁寧に文章を組み立てることが出来れば。
そして小事に気をとられて大きな流れを見失うこともなく、うまくやっていけば、その境地に達せそうな、そんな気楽な気持ちも無い訳でもない。
ちと傲慢だが…

まあ、とりあえず、新しいMMOが出るまでは、読書の期間だな、とふと思った。
Amazonで大量の本を購入し、浪費癖がついてしまったのが痛いところだ…

足に囚人のつけるような鉄球つきの足かせをはめたかのような足取りで、大量の本や着替えの詰まった重さが10kgはあると思われるバックをまさしく背負った状態で、ようやく帰宅した。
もう片方の手に握っていた阪神百貨店製の弁当を、飾りっけの無いグラグラとする安物のテーブルにのせ、昨年冷蔵庫に補充しておいた缶ビールを取り出し、蓋を開け、一気にのどに流し込む。

実は私は酒はあまり好きではない。
おいしいとは感じない。不味くて、苦いといったほうが正しいだろう。
泥酔して、足取りもおぼつかないほど酒を飲むサラリーマンを良く見かけるが、私には彼の胸中を理解することは出来ない。
明日になれば、ひどい二日酔いになるのは明白で、一時の快楽により、明日の数時間にもわたるあの苦しみを味わう羽目に陥るのだ。酒を飲むのと飲まないとではどちらが苦しまずに済むかといえば、圧倒的に飲まないほうが楽だ。

だがしかし、この心身ともに疲れきって帰宅したときに飲む缶ビールは、格別にうまい。
それはコカコーラではもの足りず、
三ツ矢サイダー、キリンレモンでは役不足。
単純に炭酸が入っているだけではだめなのだ。
それは甘さではなく、
苦味こそが私の体を刺激してくれる。
私はまだ生きているぞと、ようやく認識させてくれる。

そして私はおもむろに、帰省したときの実家の猫のあられもない写真を、デジタルカメラからパソコンへと取り出し、私自身のアルバムのデータとして保存した。

猫は良い。
癒しの最も際たるものである。
彼女らは、我々が求めると、逃げていき、
我々が求めないときに、擦り寄ってくる。
なんの考えもなしに彼女に触れようとすると、露骨にいやな顔をし、
「触るんじゃないわよ!」
と、叫ぶ。
しかし、鳥のから揚げの切れ端をちらつかせると、彼女の目の色は文字通り0.1secで変わり、我々の足元に驚くべき速さで近づき、
「その食べ物、よこせ!」
と、我々の足に絡みつきながら叫びまくる。
いつもはすました顔で、お高く留まっているのだが、好物を目の前にしたときの彼女の醜態は、あまりにも魅力的だ。

ああ、猫が飼いたい…

neko



なんとなく、右上の画像更新
意外に評判が良かったアザラシの画像。
いつか、どこかから拾ってきた代物だった。

せっかくなので、綺麗にアザラシの画像を貼ることにした。
見ているだけで、モキューとなるのは、なぜだろうか。
幸せそうなおじさんの顔を見ているだけで、何かが満たされる…

20050713011302.jpg



たまには、右上の画像をちょっとの間だけ別の画像に更新致します。
鳴り止まぬ頭痛
頭が痛い。
何もする気がしない。
何より眠い。
そういえば、昨日は15時間寝たような記憶がある。
多分それのせいだろう。
しかし、普段6時間くらいしか寝ないのに、急に15時間も寝ると、やはり体のどこかに不調が出てくるのだろうか。







そもそも、頭痛とは何だ?
今、私の身に起きている頭痛は、後頭部がなにやらズキズキと鳴り、耐え難い苦痛を私に与えるような感じだ。

私の乏しい病気に対する知識では、詳しい理由などさっぱり知る由もないが、
なんとなく心臓から頭へと続く動脈の振動が、その耐え難い頭痛を引き起こしているような気もする。
ただ、この苦痛も首の付け根の、背骨の脇辺り(頚椎と言うのかな?)を、自らの手でマッサージすると、とても気持ちよくなり、いくらか苦痛が和らぐのである。

この手のマッサージと言うのは、おそらく筋肉をこりほぐすとと共に、なんらかの宇宙的な「気」の力を与えているのかもしれない。なんとなく。










この頭痛は、私に頻繁に訪れるものだ。
そう、私は虚弱体質なのだ。
それは私が気を抜いた瞬間に、唐突に訪れる。

季節の変わり目、
緊張した日々が終わった時、
あるいは遠出した後に、我が家に帰宅した時、

そんな節目節目を狙うがごとく、しょっちゅう体調を崩し、喉を痛め、熱を出し、倒れこむ。

そんな病気をやっている間は、私は健康は大切だよなと、しみじみ思う。
なんせ、今起きている頭痛の苦しみたるや如何に表現すれば良いか迷うほど、だ。
そうだな、強いていえば
頭の中を電気ドリルが年がら年中掻き回しているような状態というのが最も言いえて妙なのかもしれない。

こんな頭ではなかなか色んなことを考えるのは難しいものである。
なんせ頭の中の様々な出来事を整理する回路が、さっぱり機能しないからでもある。
じゃあ、こんな文章書いている暇ないだろ?
という話もあるだろうが、今は比較的小康状態を保っていると言う感じだ。









もしかしたら、この頭痛は、風邪の症状か?
と疑いを持った私は、ペン立てに突っ込んであった体温計をサッと抜き、おもむろに脇の下にあてがった。
そして待つこと一分。

「ピピピピッ」

と、体温計が鳴り出した。
体温計が、体温を測り終えたのだ。
そして、ゆっくりその数字を見てみると、

「37.3℃」

うむ、この頭痛は、風邪のせいだな。

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